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今日レオ様と行きたいカフェはとっくに決めていました。

王太子になられたレオ様との初めてのデート。私がレオ様の婚約者と正式に発表されてから初めてのデートでもある記念の日。こういう大切な日に行きたい場所はいつも決まっているのです。



「パイを頂きに行きませんか?」

『そうしよう』

公園のベンチから立ち上がった時、さりげなく手を差し出して下さいました。パッロヴァロアさんを出てからこの公園でお散歩する間もずっと恋人繋ぎをしてくれたの。


恋人繋ぎ、以前の人生の時からずっと憧れていました。一度してみたい、一度だけ。そう思ってあの夜勇気を出したの。レオ様が嫌な顔をなさることはないと思っていたわ。けれど、こうして今日も繋いで下さるとは思ってもいなかった。それも何度も。もう嬉しくて嬉しくて、このままずっと歩き続けていたいくらいよ。



けれど悲しいものね。あっという間に着いてしまいました。

お店に入るといつものように笑顔の店員さんが出迎えてくれました。けれど今までと違ったことが一つ。

「いらっしゃいませ王太子殿下 ダールイベック様 いつもご利用頂きありがとうございます」

今まで以上に丁寧なご挨拶を頂きました。勿論今までも一度だってぞんざいに扱われたことはありません。けれど、こうして名前を言われたのは初めてだわ。


席に案内され、メニューが渡されました。今日はどんなパイかしら。

メニューを開くと、いつも最初のページに載っている季節のパイがありません。代わりに書いてあるのは


[ピーラッカのランチ]


「レオ様 ランチメニューがあります!」

『うん これにもパイがつくそうだ 頼んでみようか』

「はい!こちらでお食事が出来るようになったのは知りませんでした 楽しみですね」


レオ様がランチを二つ注文して下さいました。

「次のページをご覧下さいませ 季節のパイは今こちらの三種類ご用意しております お好みのものをお選び下さいませ」


まあ!好きなものが選べるのね。えっと今のパイは・・・

困ったわ、どれも美味しそう。

"ブルーベリーのチーズパイ"名前だけで口の中に酸味が広がっていくのがわかるわ。間違いなく美味しいわよね。

"いちじくのパイ"これも美味しそう。ねっとりでプチプチでそして甘くて大好きな味だわ。

そしてもう一つは"桃のパイ"ああもうたまらない。絶対に食べなきゃ後悔するって脳が命令しているわ。これは焼きこんでいるタイプかしら、それとも生の桃が乗っているのかしら。



『三つとも頼むよ』

「かしこまりました ありがとうございます」

いけない!夢中になりすぎていたわ。いつもこのお店に来ると迷ってしまうの。うんと沢山あればきっと絞ることも出来るのよ。でもたいてい三種類なんですもの。

じゃなくて!とても食い意地が張っているみたいで恥ずかしいわ。


「ごめんなさいレオ様」

『どれも旨そうだからな 私も選べなかったんだ』

いつもの優しい噓。レオ様は決断がとても早い方なことを知っています。


「楽しみですね 今日来られてよかったです」

『うん』



「わぁ!」

思わず歓声を上げてしまうほど素敵なプレートが運ばれてきました。

兄様達なら一口で食べてしまいそうな可愛いパイが二つ。そして小さなボウルには白いスープ、サラダが三種類と、丸くくり抜かれたチーズが綺麗に並んでいます。


「お待たせ致しました

 こちら左がサーモンパイ 右はブロッコリーと鶏肉のパイでございます スープはナスのポタージュをご用意致しました」

美味しそう。色もとても綺麗。こんな風に一枚のお皿にまとめているのも素敵ね。


カップに紅茶が注がれました。私のカップの横には温かいミルクの入った小さなポットも置かれます。

『食べようか』

「はい とっても美味しそうですね」


サクッとパイにナイフを入れると、白い湯気が立ち上がりました。中からはとろけるようなソースに包まれたサーモン。バターのいい香りがします。

『デニスが通い詰めそうなパイだな』

「ええ 味が濃くて美味しいサーモンですね」

スイーツのカフェなのに、こんなに美味しいサーモンパイが頂けるとは思っていませんでした。ふふ、シビラ様に教えて差し上げようかしら。デニス様なら毎日通うと言い出しそうだわ。



『変わった味のポタージュだな』

あら?レオ様ナスは苦手でいらっしゃるのかしら。

スプーンを取って、私も一口飲んでみました。ん?この味―


『どう?何が入っているかわかる?』

レオ様はまたひと匙掬って口に運んでいらっしゃいます。お嫌いという意味ではなかったのね。確かに珍しい味でした。でも私はこれを知っている気がする・・・


「なんでしょう?わかるようでわかりません」

『うん 私もわからない でも旨いね』

「はい 美味しいー」

よかった、同じものを美味しいって思えるのはとっても素敵なことよね。



お食事が済むと、いよいよ楽しみにしていたパイが運ばれてきました。このお店はいつも半分に切り分けて盛り付けて下さるのです。今日も大きな丸いお皿の上には細くカットされた三種類のパイ、そしてアイスクリームが乗っていました。


「レオ様!生のいちじくです!わぁー!」

思わず歓声を上げてしまいました。恥ずかしいわ。メニューを見た時てっきり干したいちじくだと思ったの。だって生のいちじくは今まで一度も。


「はい 初めて市場で見かけて仕入れて参りました 昨日から始まったばかりの新作でございます」

『珍しいものをありがとう』

嬉しい!干したいちじくも大好きだけれど、生のいちじくのあのほろ苦くてトロリとした食感がたまらなく好きだったの。忘れかけていた味が急に蘇ってきたわ。


『スイーリの好きなものをまた一つ知れたね』

「ついはしゃいでしまいました はい!生のいちじくが食べられるなんて知りませんでした どこで作られているのかしら」

『聞いておくよ』

「ありがとうございます レオ様もいちじくはお好きですか?」

『今から食べてみる 返事は少し待ってて』


あ―



やってしまった・・・。

つい浮かれすぎてしまったわ。そうよ、毎日のように市場へ通っている方が初めて見つけたと言っていたじゃない。生のいちじくは今までこの国にはなかったものだわ。

レオ様ですらお口にされたことがないものなのに・・・。


レオ様は私が前世の話をしても勿論怒ったりはなさらない。いつも楽しそうに聞いて下さるわ。けど、いつまでも昔の話を持ち出さないようにしよう、そう思っていたのに・・・。



『スイーリ?』

あっ、つい考え込んでしまった。せっかくレオ様と二人きりの時間なのに気持ちが沈んでしまう。

『旨いよ 生だと味が全く違うんだな いいものを知った 今日ここに来てよかったな』


顔を上げた瞬間、ぽすっと唇にいちじくが当たりました。

レオ様がニコニコしながら見ています。左手で頬杖をつき、右手でフォークをこちらにむけて―

「はふぃ ?!」


反射的にぱくっと口に入れてから理解が追い付きました。

『ほら 旨いものを前にして難しい顔をしない』

レオ様の長い指が近づいてきて、眉間をトントンとされました。えっ?私眉間にシワを寄せていたの?

今度は恥ずかしさで頬が熱くなっていくのがわかります。



『スイーリが今 何を考えているのか当ててみせようか』

口角を上げて楽しそうに笑っておられます。眉間にシワを寄せていた時に考えていたことを当てられるなんて恥ずかしいわ。でも気になる、何をお考えかしら。



『また前の世界のことを思い出してしまった そのことをレオにも気がつかれてしまった』

「はい・・・その通りでした ごめんなさい」


『まだ終わってないよ 続きがある

 レオはその話を聞くのがとても好きらしい もっと聞きたいと思っているに違いない』

「レオ様・・・」


『どう?当たってる?』

優しく笑いながら、もう一度フォークに刺したいちじくを差し出されました。恥ずかしい―でも誰も見ていないわよね?目を瞑ってぱくりといただきます。



『スイーリ その大切な記憶を含めて貴女なんだよ 時々驚かされるスイーリの考え方は かつてのスイーリの経験から生まれたものなのだろうと思っている 一般的な令嬢にはない スイーリだけが持つ素晴らしい美徳だ だからそんな悲しそうな顔をするな 私にはいつだって話してくれて構わないんだよ』


どうしよう、涙が出そうです。そんな風に考えて下さっていたのね。嬉しくて嬉しくて、レオ様の隣にいられる幸せを今まで以上に感じました。



「はい ありがとうございますレオ様 もう無理に隠そうとしたりするのは止めますね 思い出した時にはお付き合い下さい 聞いて頂けると嬉しいんです」

大好き!ううん、好きなんて言葉ではとても足りないの。レオ様が私の人生の全て。こんなに好きで好きでたまらない方が、私のことを想って下さっている。これって奇跡みたいなことよね。

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