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「王太子殿下レオ様 お越し下さりありがとうございました ご案内致します」

『ご招待ありがとうベーン嬢』


ポリーナに最後に会ったのはいつだっただろう。いつの間にか、こんなにしっかりとした挨拶のできる立派な令嬢になっていたんだな。


フレッドはイクセルと挨拶を交わしている。

「フレッド様 お待ちしておりました お越し下さりありがとうございます」

「お招きありがとう イクセル 今日はとても楽しみにしていました」



終わろうとする夏を惜しむように、この時期開かれる茶会の多くは庭に席を設ける。今日の茶会も手入れの行き届いた美しい庭に用意されていた。

庭を取り囲むように植えられた木々が満開の時を迎えている。この季節にベーン邸へ来たのは初めてだったのか。こんなにも美しい庭だったとは知らなかった。


先端の白い花から根元のピンク色まで、無数の小さな花がグラデーションになっている。王宮では見たことのない花だ。そしてその木々の下では赤いダリアの花が咲き乱れていた。


『素晴らしい庭だね とても綺麗だ』

ポリーナは嬉しそうに目を細めた。


「ありがとうございます 大好きなお花なのです ノリウツギと言うのですよ このお花の季節に是非お招きしたいと思っておりました」

『おしえてくれてありがとう 美しい花だね 春の色とも違う 秋らしいピンク色だ』

感想を述べると、ポリーナはますます嬉しそうな顔をした。


「はい!そうなのです 私はこの秋色がとても好きなのです」

『うん ポリーナに似合いそうな優しい色だ』

丁寧に整えられた髪を見ると、もう頭を撫でてやる歳ではなくなったのだなと感じる。それでもポリーナがえくぼを浮かべて喜ぶ様子に懐かしさを憶えた。それだけは変わってないな。



「あちらにアレクシー様やデニス様もいらっしゃいます」

ポリーナの案内で先に来ていたアレクシー達と合流した。


「久しぶりだなレオ 弟が世話になったな」

『デニス 元気にしていたか?アレクシーももう来ていたんだな』

アレクシー達専任騎士は交代で休暇を取っている。今日が三連休三日目のアレクシーは明日の鍛錬から戻ってくる予定だ。


「休暇を持て余してしまってさ」

騎士生活僅かひと月で、もう仕事中毒者だ。騎士は休暇と聞くと飛び跳ねて喜ぶものなのにアレクシーは変わっているな。


『それは良いとは言えないな』

何か趣味でも―と言いかけて、アレクシーの趣味すら知らないことに気がついた。


「なんだよアレクシー せっかくの休暇だってのにやりたいこともわからないのか? 俺なんて朝早くから目いっぱい休みを満喫しているぜ」

私と同じことを考えていたらしいベンヤミンが、得意げに話し始めた。


「そっか ベンヤミンも休暇中なんだな 俺さ本当ベンヤミンの言う通りなんだよ ずっと剣の稽古ばかりしてきたからな 休暇にしたいことも見つからなくてさ」


そうか、知らなかったのではなくて趣味がなかったのか。

『こればかりは協力のしようもないな アレクシーが何か見つけられるよう願っているよ』

「そうだな 趣味を持つってことを意識したことがなかったが・・・いい趣味が見つかるといいな」

皆困り顔に薄く笑みを乗せたような複雑な顔になった。その中でもアレクシーが一際弱々しく笑っている。大抵説教役になるアレクシーの、こんな姿を見るのはかなり珍しいことだ。


「なんだか気を使わせて悪かったな とりあえず今回の休暇は沢山寝た!」

今度は生暖かい視線がアレクシーを囲む。


「ああ!もう!俺の話はいいだろう!それじゃレオは?次はレオの趣味を聞かせてくれよ」

とばっちりだ。デニスもベンヤミンもいるのに何故・・・。


聞かれてみると私にも趣味と言えるようなものは殆どないな。今まで考えたこともなかった。

「そうだな!レオの趣味は気になるぜ 聞いたことなかったもんな」

「俺も知りたいな レオは休暇の間何をしているんだ?いやレオは今休暇中なのか?」


だから何故私の話になる。くそ、いつもこうだ。アレクシーは知らないうちに話をすり替える才能に長けすぎだ。


何と答えようか思案していたところ、素晴らしいタイミングで愛しい救世主が現れた。

「遅くなりまして申し訳ございませんでした 何のお話し中でしたか?」


スイーリ達令嬢が揃って到着したらしい。

「待ってたぜ 皆で一緒に来たのか?」

「はいベンヤミン様 四人でポリーナ様へのお土産を選んできましたの」



全員が揃ったところでイクセルとポリーナも席に着いた。

「皆ようこそ レオ達は視察お疲れ様 フレッド様とアンナちゃんもおかえりなさい 今日の茶会は初めてポリーナが用意したんだよ ベーン自慢の庭と一緒に楽しんでね

 さあ 次はポリーナからも挨拶があるよ」


イクセルに視線を向けられたポリーナが立ち上がる。

「お越し下さりありがとうございました 楽しいひと時をお過ごしくださいませ」

皆がパチパチと拍手を送った。幼い頃から見守ってきたポリーナの成長に、誰もが頬を綻ばせている。



このままポリーナの話をしたかったのに、あろうことかそれを台無しにしたのは彼女を溺愛している兄だった。

「ねえねえ さっき聞こえていた話の続きをしようよ 皆の趣味の話 僕のは皆知っているだろうから やっぱまずレオのが聞きたいよねー」



恨むぞイクセル。

『私 か・・・』


「うんうん おしえて!」

そんな期待に満ちた目で見られては、ますます何も言えなくなる。弱ったな。何か適当に・・・いやここにいるものは皆多才だからな。うっかり口にしては大恥をかきかねない。


「ふふ レオ様はとても素敵な趣味をお持ちなのですよ」

ありがとうスイーリ。やはり貴女は私の救世主だ。スイーリのその一言で皆の視線が一斉にスイーリへ移った。


ん?助けてくれたのは嬉しいけれど、私も知らない私の趣味?スイーリは何を言うつもりなのだ?

「そうなの?なになに?おしえて?」

「俺も知りたい」「ええ どんなご趣味をお持ちなのですか?」


『私も知りたい』と言いたいところだったが、それは止めておいた。ニコリと笑みを浮かべたスイーリが許可を得るような視線をよこしたので、『構わないよ』と余裕たっぷりに答えた。内心は私も皆と同じく、スイーリが何を言うのか興味津々だ。



「レオ様は大変素敵なスイーツをお作りになるのですよ 毎年誕生日にケーキを焼いて頂いているんです」


「おおー!」だの「なんだって?」だの、様々なざわめきが起こった。そうか、あれを趣味と言うのか。スイーリのおかげで無趣味と呆れられる心配はなくなったな。



『それでは次はデニスに聞こうか』

誰も続きを言い出さないので、たまには進行役でも務めてみるかと話題を振ったと言うのに、ざわめきが余計大きくなるばかりだ。


「ちょっと待ってよ!こんなすごいこと聞いたばかりなのに話を変えないで!」

イクセルに叱られた。


「そうだよ!話はこれからだぜ」「その通りだ まだレオから何も聞いていないじゃないか」

ノシュール兄弟がさらに被せるように畳みかける。


「私も伺いたいです スイーリ様のお誕生日に毎年 ですか?なんて素晴らしいのかしら」

「レオ様にこのようなご趣味があったなんて 今まで全く存じ上げませんでした 残念だわ」

「どんなスイーツがお得意なのですか?」

令嬢達も次々と質問を浴びせてくる。


困ってスイーリを見ると、気持ちを汲み取ってくれたらしい。代わりに皆の質問に答えてくれた。

「レオ様のショートケーキはスポンジがふわふわで クリームはとても濃厚で絶品なんです 今年は私も飾り付けをお手伝いさせて頂いたのですよ 苺がキラキラする秘密も教えていただきました」


誰よりも早く反応したのはアンナだ。

「スイーリ様もスイーツを作られるのですね 趣味を分かち合えるのは素敵ですわ」

「いいえ 私はレオ様に教えていただいたとおりに飾り付けをしただけですもの でもとても楽しかったんです 機会があればまたやってみたいわ」



「僕もレオの焼いたスイーツを食べてみたいなあ」

イクセルのその呟きにも、スイーリが微笑みながら答えてくれた。


「ふふ 実はお茶会の時に何度もご用意下さっていたのですよ その頃は私も存じ上げていなくて後からお聞きした時とても驚きました」


「まあ!」「なんだって?」「うおっ?!」

まだこの話題は続くのか。先程と同じくらいのざわめきが再び巻き起こった。それにしても驚いた時のベンヤミンは、いつも出てくる言葉が同じだな。



『この話はここまでだ またいつか用意する 期待外れでも文句は言うなよ』

思わぬ質問攻めからようやく解放された後は、フレッド達の旅の話や私達の視察の話題を中心に話が弾んだ。この仲間達との時間だけは何年経っても変わらない。心から落ち着ける大切な場所だ。

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