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視察から戻り三日目。今日は午後から茶会だ。



朝はヴィルホと鍛錬を行い、鍛錬が終わるといつものように汗を落として飯を食った。その後は執務室へ移り今に至る。


今日も執務室の中はロニーと二人だ。視察の残務処理もすっかり終えて、今は他に二十三ある直轄地の精査の準備を始めているところだ。



そんな、時折ぱらりと紙をめくる音がする以外、しんと静まりかえった執務室に、大きな荷物を抱えた画家がやってきた。


「レオ様 肖像画が完成したそうです お入り頂いてよろしいですか?」

あれ?もう完成したのか?あの時の話ではまだ何度か描きに来るような話だったはずだが。


『ああ 通してくれ』



画家は、二枚の絵を運んできた。どちらも白い布に包み、仰々しく両手で持ち上げて運んでいる。

「お待たせ致しました ご覧下さいませ」

最初に小さな方の包みを解いて胸の前で掲げてみせた。スイーリの希望した片手程の小さな肖像画だ。


うん、私の顔だな。スイーリの素晴らしい刺繍も丁寧に描かれている。やはりこの式服にしてよかった。


いや今更だが、これが褒美になるのか?誇らしげに掲げているところを悪いが、とてもじゃないけれど礼とは言えないよな。


「殿下 お気に召しませんか?」

気がつくと画家は泣きそうな顔をしている。


『ああ いや よく描けていると思う もう一枚はなんだ?』

芸術家は表情豊かだな。一瞬で満面の笑みに変わると、軽い足取りでもう一枚の絵を取りに向かった。



目の前で包みが解かれる。

先程と全く同じ―大きな絵が現れた。随分とでかいな。

「こちらが最初に描かせて頂いた肖像画でございます 今後こちらを元に複製をさせて頂くことになります」


ああ、成程。最初に見た小さいものが初めての複製というわけだな。



『これと同じものを複製するのか?』

「ご指示をお聞かせ下さいませ 背景やお衣装を変更することは可能でございます」

『この衣装はこれ一枚きりにしてくれ あと白もダメだ それ以外なら自由に描いて構わない』

「承知致しました 素晴らしいお衣装を拝見させて頂きありがとうございました」

ん?

『あ ああ』


持ってきたときと同じようにまた一枚ずつ布で包むと、小さい方をロニーに手渡した。

「この度はありがとうございました 次回は是非ともご婚約者様とお二人揃った肖像画を描かせて下さいませ」


最後の部分には曖昧な笑みを浮かべて返した。

『迅速な対応に感謝する』


大きい方の包みを抱えて画家が出ていくと、ロニーが小さな絵を机の上に置いた。

「本日お渡しになりますか?」

勘弁してくれ、それだけは無理だ。

『いや・・・明日の午前に届けてほしい』

「承知致しました」

するとロニーは再び絵を持ちあげて、自分の執務机に運びながら思い出したように説明を始めた。



「ご視察の間 式服をサロンに置かせて頂きました 恐らく何度か足を運んで絵を完成させたのでしょう」

成程。それで予定よりも早く完成したのか。あのじっと座り続けると言うのはかなりの苦痛だったから、一度で済んだことは有難い。


『助かった』

クツクツと笑っている。なんだよ、ロニーもあの場にいたからわかっているじゃないか。私は何もせず座っていることが苦手なんだ。向いてないんだよ。




『この辺で切り上げるか そろそろフレッドが来る頃だろう』

「かしこまりました こちらの肖像画は責任を持ってお預かり致します」

『うん』

今日の茶会にはフレッドも招待されている。前回の茶会時は旅行中だったと聞いた。



「レオ お邪魔するよ」

今日のフレッドも彼らしい出で立ちだった。深緑に黒や茶色の大柄が入ったシャツを着て、上から濃色の長い上着を羽織っている。ハーフアップにした髪は深緑のスカーフで束ねていた。


「レオ 言うのが遅くなったね おかえり」

『ただいま フレッドもおかえり エクレフス領は楽しめたか?』

フレッドはアンナとエクレフスの本邸に行っていたのだ。戻って来たのが一昨日の夜だったそうで、会うのは視察前の朝食以来だ。


「うん 美しい町だったよ ここよりもさらに涼しくて驚いたんだ とても快適だったな」

『それはよかった 茶会の席でじっくり聞かせてくれないか』

「喜んで レオの話も聞きたいな 視察はどうだったんだい?」

『静かな町だったよ 想像していたよりもずっと良い町だった』



話をしながらフレッドはキョロキョロと部屋の中を見回した。

「レオの執務室は機能的だね」

機能的、か。いい言葉だな。殺風景と言うより遥かにいい。今度から誰かに聞かれたら私もそう答えるようにしよう。


『知らないうちに執務机ばかりが増えていくんだけれどな』

「うん 四台もあるね 全部レオのと言うわけではないのだろう?」

『ああ 私は一つあれば充分だ』

フレッドが笑い出したので、つられて笑った。私のはかなり苦笑いだけれど。




「あっという間に八月も終わってしまうね 夏のパルードへ帰ると思うと気が重いよ」

『パルードは九月も夏なのか?』

「そうだね 九月も下旬になればようやく落ち着いてくる かな」



パルードの夏は陽射しが厳しいと言っていたものな。メルトルッカとどちらが暑いのだろう。パルードとメルトルッカの緯度はほぼ同じだから、似たような気候だと思っていたのだが。


『なあフレッド メルトルッカの夏は真夏の温室のようだとクラウドが話していたんだ パルードもそんな感じなのか?』

「ううん メルトルッカには行ったことがないけれど パルードの夏とは少し違うみたいだ パルードはジリジリと焦げ付くような暑さなんだよ」

『そうか・・・』


温室の暑さはわかる。ジリジリ焦げ付くような暑さ・・・火傷か!

『熱した鍋に触った時のようなあれか』

「うーん 熱した鍋を触ったことはないけれどね それはきっと火傷するよね そこまでは暑くないなあ」

笑っている。


そうだよな、陽射しを浴びるだけで火傷をしていては外にも出られない。

「それはそうと レオは熱した鍋に触れたことがあるのかい?」

『いや・・・ない』

先程よりもさらに笑われた。


「よく鍋を思いついたね でもね火傷に気を付けなくてはならないのは本当」

『そうなのか?』

「金属でできたハンドルはね うっかり触ると火傷することもあるよ」

太陽の熱でそこまで熱くなるのか。恐ろしいな。


『夏でも手袋が欠かせないな』

「そうなんだよ 従者や御者は熱いハンドルを開け閉めするからね」


『こことは正反対だな』

ステファンマルクでは、冬に金属のハンドルには決して素手で触ってはいけない。ハンドルに手が張り付いて皮膚が剝がれてしまうからだ。


「そうだね ステファンマルクの夏は最高だけれど冬は厳しいよね とても」

『慣れたら案外平気だぞ フレッドも二度冬を経験してすっかり慣れたと思っていたよ』


「うん・・・

 レオ そろそろ行こうか」

なんだ、冬は苦手か。レノーイもステファンマルクの冬は苦手そうだった。温かい国の人々は冬が苦手なのかもしれないな。

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