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今朝は久しぶりに鍛錬を休んだ。
アレクシーは今日から休暇に入った。初めは鍛錬の時間には登城すると言って聴かなかったのだが、最後には副団長命令で渋々同意していた。
その副団長から私も鍛錬の休止を言いつかってしまった。仕方ない、いざと言う時のためにもここは言うことを聞いておこうと思う。
そうなると朝が長い。長年の習慣でいつもの時間には起きてしまう。
机の上に置いたままだった読みかけの本を手に取って、テラスに出た。
一時間ほど過ぎた頃、ロニーが来た。
『おはようロニー』
「レオ様 おはようございます 本日より三日ビルさんが休暇を取っております」
『わかった』
じっとロニーを見ていると、ふっとその表情が緩んだ。
「その後 一日置いて私が四日お休みを頂戴致します」
『うん わかった』
よくよく考えてみれば、ビルが来てまだひと月程度だ。それでもうロニーが安心して休みを取れるようになったのだから、ビルがいかに信頼されているのかがわかる。
『今日はロニーも仕事が溜まっているだろう 一日静かに過ごそう』
「承知致しました」
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執務室でロニーと二人、黙々と書類を片付ける。何度か担当官が書類を運んできた以外はとても静かな一日だ。
『ロニー 休暇が明けたらコルペラ卿のところへ送るものの募集を頼む』
「かしこまりました 何名に致しましょう」
『そうだな・・・料理人一名と下女を二~三名 か』
第一騎士団からは力仕事を任せられるようにと、男の使用人を手配することで話がついた。
「そうですね その後宿に移ることを考えますと 料理長を任せられるものがよろしいでしょうか」
『その辺りは任せる』
「かしこまりました 可能でしたら夫婦で採用致します」
『うん』
この宮で働く全ての使用人を採用したのはロニーだ。これに関して私は口を挟む必要がない。ロニーに任せておけば。
・・・そうだ、大事なことを忘れていた。
『ロニー 使用人の採用は今後も全て任せることになると思う』
「はい 相応しいものを見つけて参りますのでご安心下さいませ」
『うん そのことは全く心配していない 私が気にしているのは別のことだ
五日後から休暇だったな』
「はい」
急に声の調子が変わったな。
『言いたいことはもう伝わったようだから くれぐれも守ってくれ』
「ありがとうございます しっかりお休みさせて頂きます」
『うん』
『なあロニー ロニーは私が幼い頃のことを知っているか?』
一息入れようとロニーが茶の用意を始めた時、話を切り出してみた。
「ご幼少の頃 でございますか 姉からの聞き伝えではございますが」
それだ。オリヴィアから見たレオのことが知りたかった。私が直接聞いたのでは正しく教えてもらえるとは限らない。弟に対してならば、世辞抜きの本音で伝えているだろう。
『どんなことでも構わない 憶えていることがあれば教えてくれないか』
「かしこまりました」
なんだ?ニヤッと笑った気がする。
「姉が常々申しておりましたのは 朝お起こしするのに大変苦労しているということでございましたね」
ああ、やはり記憶違いではなかったのか。いつまでもベッドから抜け出せなかった記憶があるんだ。早起きは得意なのに何故なのかと不思議だった。レオは苦手だったのだな。
そうか、だからか。だから父上は早朝に鍛錬をするよう命じられたんだ。出来るはずがないと思われていたに違いない。
『それは迷惑をかけたな』
「私もお仕え初日は覚悟を持ってお部屋へ参りました 既にレオ様がすっかり身支度を整えた後だとも知らずに・・・今でも恥ずかしく思っております」
『いや あれは私も事前に説明をしなかったからな いずれにせよ過ぎたことだ』
そのことなら私もよく憶えている。思えばロニーが狼狽える様子をわかりやすく見せたのは、あれが最初で最後かもしれないな。
『他にはどんなことを聞いた?』
「そうですね 時折悪戯で心臓が止まりそうになったとは申しておりましたね」
『悪戯か・・・』
そう、悪戯の記憶はあるんだ。だからこそ理解できなかったんだ。悪戯や悪ふざけもする年相応の無邪気な子供だったとばかり思っていたからな。
「残念です 私もレオ様がどんな悪戯を仕掛けられたのか見てみたかったのですが」
『他愛もないことさ
そうだな・・・クッションの中身を全部出したことがあった』
ブッとロニーが吹き出す。ほら他愛もない悪戯だっただろう?
「それは可愛らしい悪戯でございましたね」
『だろう?そこらじゅうが白い羽根だらけになったな』
他にどんなことをしただろうか。両方の指では足りないほどしてきたはずだが、あまり憶えていないものだな。うんと幼い頃のことだ。これは私でなくてもその歳の頃のことなど憶えているものの方が少ないだろう。
あ、もう一つ思い出した。
『手形をつけて回ったこともあったな』
「その話は聞いたことがございます」
確か庭だったと思う。あちこちにぺたぺたと赤い手形をつけたな。侍女のスカートにもつけた気がする。何故そんなところにペンキがあったのかは憶えていないが。
「その日姉は真っ青な顔で戻って参りました 余程驚いたようです」
『ああ 侍女のスカートにもつけた気がするんだ オリヴィアだったのかもしれないな』
ロニーはクツクツと笑っている。
何かひとつ物足りないな。悪戯をしたという記憶は自分の中にも残っている。知りたいのはそれじゃない。その時の表情や感情、何故悪戯をしようとしたのか、その理由が気になる。
・・・無理だよな。ロニーはその場にいたのではないし、オリヴィアだってそこまで憶えているとは思えない。
幼い子供が悪戯を思いつくのに理由などないのかもしれないが、ベンヤミンに聞いたレオは、そんなことするようなやつには思えない。
友人の前では仮面を被り完璧な王子を演じてみせ、侍女にはやんちゃで幼い面を見せる。
使い分けていたのか?たかだか五、六歳の頃から?
どちらが素のレオだったのだろうな。なんだかどちらもしっくりこない。そのどちらでもない、そんな気もする。




