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夕方近く、馬車は王都の南門を通過した。
『ベンヤミン 一週間は休暇にしてくれ 伸びても構わないからな』
「ありがとなー それじゃ八月いっぱいは休ませてもらうとするかな レオとは休暇でも会うだろうけど」
もう八月も残り五日で終わりだ。ベンヤミンはすぐにでもまた次の視察に出るようだから、せめて学園の新学期が始まるまで休みを取ってくれていいんだけれど。
『今決めずにソフィアにも相談するといい』
少し考える様子を見せたものの、ベンヤミンはニカッと笑った。
「理解ある主で助かるわ そうする」
『ソフィアからこき使っていると思われては敵わないからな』
「なんだ そっちか」
今度はお互い同時に笑い出した。
「おっ 着いたな」
いつの間にか門をくぐり王宮の中を進んでいた。本宮の前を通り過ぎ、馬車は鳶尾宮正門へと入る。
何人もの使用人が出迎えに出ていた。その中心にいる二人は
「おいレオ!ソフィアとスイーリがいる!」
動いている馬車から飛び降りそうな勢いでベンヤミンが声を上げた。
その声が聞こえたのか二人がクスクスと笑っているのが見える。
会いたかった。三週間も会わなかったのは初めてだなスイーリ。
馬車が静かに止まった。
『ただいま 出迎えありがとう』
「おかえりなさいませ レオ様 ベンヤミン様」
今すぐ二人きりになりたい。その気持ちを抑えてあと半歩だけ近づく。
『少しだけ待っていてくれるか』
指示出しをしているゲイルの元へ向かう。
『ハルヴァリー卿 同行騎士は明日から一週間休暇だ』
ゲイルが返事をする前に大歓声が沸き上がった。
「ありがとうございます!」「やったー!」「休暇だぞ!一週間!」
苦笑を浮かべながらゲイルが騎士達の方を見る。
「聞こえなかったのか?休暇は明日からだ お前達はまず馬を戻してこい」
こうなったらもう騎士達は祭りも同然だ。長距離の騎乗で相当に疲労しているはずなのに、それをものともせず大はしゃぎしている。やはり騎士の体力は底なしだ。
『差し入れも届いているはずだ 皆でゆっくり飲んでくれ』
「ありがとうございます殿下」
『それと近衛の四名も七日間休暇を取ってくれよ』
「はい 有難く頂きます」
それから荷馬車で指示を出しているロニーとビルのところへ向かった。
『ロニー ビル 二人も七日間休暇だ 取り方は任せる』
「ありがとうございます 頂きます」
「ありがとうございます」
以前の強制休暇が余程堪えたのか、ロニーもすんなりと休暇に同意した。
なんか変だよな。休みをもらって堪えるってなんだよ。
まあいいか。ビルのおかげでロニーもようやく休暇を取る気になったようだし。
これで終わりだな?
ようやくスイーリの元へ行ける。目が合うとスイーリは微笑みながら手を振った。
「もう一度 おかえりなさいレオ様」
『もう一度 ただいまスイーリ』
コホン、コホコホ・・・
わざとらしい咳が聞こえたので、仕方なくそちらを見る。
「レオ達はこの後どうするんだ?俺はもう少しレオとも話がしたいなと思ってるんだけど」
スイーリとソフィアも笑顔で顔を見交わしている。どうやら同意済みらしいな。
『それじゃ飯でも食おうか』
皆すぐに帰るのだろうと思っていた。特にベンヤミンはソフィアを連れてさっさと帰るものとばかり・・・
「ありがとうございます」
「ご一緒させて頂きます」
積み荷を運び入れていた侍女の一人が気がつき、足早に近づいてきた。
「殿下 サロンを整えてございます お時間までお寛ぎになられますか?」
『ああ そうしよう』
四人でサロンへ向かう。中に入るなり早速ベンヤミンは、長椅子にどっかりと腰を下ろした。
「あーーー!やっと帰ってきたって気がするな!」
両腕を突き上げて、大きく伸びをしている。
「ベンヤミン様 ご自分のお邸のようにお寛ぎでございますね」
窘めるようなソフィアの言葉にも全く動じる様子はない。
「その通りさソフィア このサロン落ち着くんだよ ソフィアもそう思うだろう?」
眉を八の字にして困ったように笑うソフィアと、一緒に笑っているスイーリにも椅子を勧めた。
『二人も座ってくれ ここには早くから来ていたのか?』
「お庭を見せて頂いておりました」
「ブルーノさんの美味しいタルトも頂いたのですよ」
『それならよかった』
二人は良い休暇を過ごしていたみたいだ。元気そうで安心した。
「なあなあソフィアとスイーリは何をして過ごしていたんだ?他のやつらは元気にしていたか?」
考えることは同じだな。ベンヤミンが代わりに全て聞いてくれた。
「はい 先日はベーンのお邸でお茶会がありましたの 久しぶりに演奏もしたのですよ」
「そうなのか!ソフィアは何を弾いたんだ?俺も聴きたかったなー」
「ふふ 私はスイーリ様とハープを弾かせて頂きました」
「うわー聴きたかったぜ また弾いてくれよな」
「イクセル様はポリーナ様と合奏を披露なさったのですよ」
あの幼かったイクセルの妹ももう十歳になるのか。人前で演奏できるほどの歳になっていたのだな。
『ポリーナに会いに行く約束をしていたな』
「楽しみになさっていましたよ イクセル様がお茶会を開いて下さるそうです」
「おっ!楽しみだなー」
その後は場所を移して食事を楽しんだ。
「旨いなー 視察の間も特にコルペラ卿のところはさ すげー気を使ってくれてるのがわかったし 飯も旨かったけど やっぱここは格別だわ」
今夜もベンヤミンは満足したようだ。そういう私も、まだ数ヵ月のこの味を懐かしいと思いながら楽しんでいる。
「ベンヤミン様 お食事が美味しかったこと以外のお話しも聞かせて頂きたいですわ」
ソフィアがとびきりの笑顔を浮かべながら、微妙に棘のある言葉を浴びせた。
「視察の話か!いいぜ まず一番驚いたのはな 漁師町ってのは話好きな人間が多い!すごく意外だろ?」
ソフィアはぽかんとした顔をしている。きっと期待していた内容とは少し違ったのだろう。
「そうなのでございますね・・・」
その言葉を最後にソフィアは黙々と食べ始めてしまった。ベンヤミンはと言うと少しも気にしていないらしい。満足そうにワインを空けている。
「レオ様はいかがでしたか?あちらでは以前のビョルケイ邸にお泊りになったのですか?」
『ああ 非常に豪奢な邸でね 代官が緊張のあまり執務机を使うことすら躊躇っていたほどだよ』
「まあ!」
「そうそう!静かで素朴な町の中でさ その邸だけが王都から切り取ったみたいですげー浮いてたぜ」
たまには私も援護射撃してやるか。
『それも少しずつ変わるはずだ ベンヤミンの発案で住民が希望する色に塗り替えることになったんだよ』
「まあ!ベンヤミン様の?!」
『ああ 公邸は住民のためのものでもあるからと 投票で色を決めることにしたんだ』
「それは素敵ですね」
ソフィアからの誉め言葉に嬉しそうに頭を掻いている。
「それでさソフィア 俺また視察に出ることにしたんだよ」
「と仰いますと 今度はお一人なのでございますね」
「うん これから計画を立てるからはっきりとした日程はまだわからないけど 二ヵ月近くかかるかもしれない」
私のいる前でこの話をしたかったのだろうか。ソフィアは反対したりするような性格ではないように思うのだが。
「それでは早急に計画を立てなければなりませんね もたもたしていては雪が降ってしまいますもの」
「あ・・・うん そうだね」
やはり反対はしないな。あっさりしている。あっさりしすぎているくらいだな。
投稿し忘れていました。




