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授業に一区切りがついた頃、カリーナが封筒と小さな箱を運んできました。
「お嬢様 王子殿下よりお届けものでございますよ」
「ありがとう!先生 今読んでも?」
上目遣いに家庭教師を見つめます。
「今日の授業は終わりましたからもちろん構いませんよ 私は席を外しましょうか?」
「いいえ すぐに読んでしまいますわ 先生ランチはご一緒してくださるのでしょう?」
「ええ喜んで ではこのまま待たせていただきますね」
封を切り手紙を取り出します。
~愛するスイーリ
一行目からなんという殺傷力の高いお手紙・・・手紙を握り締めたまま走り回りたい衝動に駆られます。やはり一人のときに読んだ方がよかったかしら。でも続きが気になってとてもランチなどできやしないわ。ここは意を決して読み続けるのよスイーリ!
お手紙はとても甘く、そしてレオ様の優しさが溢れるものでした。
~今日デニスたちと城下へ行き 令嬢に人気があるという店をいくつか紹介してもらった いつか一緒に見て廻ろう スイーリが気に入っている場所も今度おしえてほしい
デニスの従姉が行きつけだという店でこれを見つけた スイーリの美しい髪に似合うと思う 気に入ってもらえるといいのだが
銀色のリボンをそっとほどき、深いグリーンの包装紙を広げると、中にはベージュの革張りの箱が入っていました。ドキドキしながら箱を開けます。
「綺麗・・・・・」
キラキラと輝く紫の宝石で作られたライラックです。
「まぁ!クーレンミッキの作品ですね」
「先生 見ただけでお分かりになるのですか?」
箱の内側には確かにクーレンミッキと金色のエンボスが印されてあります。
「これほど繊細な細工ができる宝飾店は王都でも数少ないですから それにしても見事な作品ですね スイーリ様に大変お似合いです」
「そうですか?私に似合いますか?嬉しいわ」
お手紙も贈って頂いた髪飾りもとても嬉しい、ですがその何倍も私の心を温かくしたのは、レオ様が私のために城下へ赴き、そこで私への贈り物を探してくださったということ。この髪飾りを探しながら私のことを思い出してくださったのかと思うと、その輝きが何倍にも増していきます。お手紙を書かれている間も私のことを想ってくださったのよね。そう思うと一文字一文字が愛おしくて堪りません。
クーレンミッキは今とても人気の宝飾店です。まだオープンして数年の真新しいお店ですが、今までにないデザインが若い世代を中心として絶大な支持を集めているのだとか。
私が所有している宝飾は、全てお母様が贔屓にしている老舗の宝飾店で求めたもので、品質は勿論素晴らしいのですが、デザインがどれもクラシカルなのです。
嬉しい!次にレオ様にお会いできるときにつけていかなくちゃ!どのドレスに合わせたらいいかしら?髪型もカリーナに相談しなくてはいけないわね。
「お嬢様 この髪飾りが最も映える髪型を研究いたしますね 私にお任せください」
「ありがとうカリーナ ちょうど同じことを考えていたところよ!」
「ですがその前に食堂へ移動いたしましょう 本日は奥様もご一緒でございますから もうお待ちになっているかもしれません」
「いけない!先生お待たせしてごめんなさい」
慌てて立ち上がりました。
「大丈夫ですよ それよりも今の振舞いはご令嬢としては些か問題がございましたね」
「失礼いたしました 恥ずかしいわ」
スッと背筋を伸ばしドレッサーの前まで進み、お手紙と髪飾りを引き出しの中へそっとしまうと、先生へお辞儀をします。
「お待たせいたしました 移動いたしましょう」
「はい 百点満点でございました」
ニッコリ笑顔の先生から合格をいただき私たちは食堂へ向かいました。
私たちが食堂へ着くのとほぼ同時にお母様もいらっしゃいました。
「スイーリ しっかりとお勉強はできて?」
「はい!頑張りました」
「ローリン夫人 スイーリはこう言っているけれど 実際はどうかしら?」
「はい 先日までご苦労されていたベーレング語の詩を 今日は完璧に習得されていました」
「それは何よりね よく頑張りました」
「ありがとうございます」
「お母様 今しがたレオ様から贈り物が届きましたの
とても美しい髪飾りをいただいたわ 後でお見せいたしますね」
「まあ!良かったわねスイーリ お礼のお手紙を忘れないようにね」
「勿論!忘れないわ!」
「ふふ そうね 忘れる心配はしなくてよさそうね」
「それで先生・・・お願いがあるのですが」
家庭教師の先生クリステル=ローリン伯爵夫人は、学園の歴史至上初めて女性で主席をお取りになった才女です。さらに語学や歴史などいくつもの教科を教えていただいているだけではなく、刺繍の先生でもあります。
「急ぎでおしえていただきたい刺繍があるのです」
刺したいもの、刺繍の意匠の説明をしていきます。
「わかりました 材料はこれからご用意されるのですね?ではご一緒いたしましょう」
「ありがとうございます!」
「この後参りましょうか?」
お母様へ視線を移します。
「ええ行っていらっしゃい 良いものが見つかるといいわね」
「はい!」
急いで支度を済ませ、先生と八番街へ向かいました。昨日同じ場所をレオ様も歩かれたのだと思うと特別な想いがこみ上げてきます。
最初に小物店へ入り、目的のものを探します。それを持って次は手芸用品のお店へ。先生と相談しながら刺繍糸を選んでいきます。練習のための土台も忘れずに。これは先生がぴったりのものを探してくださいました。
「ありがとうございます イメージしていた通りのものが揃いました」
「頑張って素敵に仕上げましょうね 私も同じものを購入しましたから一緒に刺していきましょう」
「はい!よろしくお願いいたします」
「スイーリ様 まだ時間はよろしくて?お茶はいかがですか?」
先生と外でお茶をいただくのは初めてです。お買い物がスムーズに済んでよかったわ。
「はい ご一緒したいです
この香りに誘われてみませんか?実は先程からとても誘惑されてますの」
「アップルパイの香りですね 私もとても気になっていたのです」
香りの源は近くにあるアップルパイが有名なカフェです。一日に何度も焼きあがるので、この通りは冬の間一日中幸福な香りに包まれるのだといいます。
店に入ると真っ白なエプロンをかけた三つ編みの女性が笑顔で応対してくれました。
「ようこそいらっしゃいませ あちらの長椅子のお席はいかがでしょうか?」
他の席より数段上がったところにあるその席は、ゆったりとしていてとても落ち着けそうな雰囲気です。
「ええ あちらでお願いします」
コートを預けて椅子に座りました。
「ただいま当店自慢のアップルパイが焼きあがったところでございます」
「アップルパイを二つと・・・スイーリ様お飲み物は何がよろしいですか?」
「アップルティーをいただきたいです」
「ではアップルティーを」
「かしこまりました 少々お待ちくださいませ」
「先生こちらはアップルティーもとても美味しいのですって お友達から聞いていましたの」
アンナ様がとてもスイーツにお詳しくて、いつも王都で最新のニュースを知らせてくれます。そのアンナ様がお薦めされているのだから間違いないわ!
バニラアイスクリームを添えて 真っ赤なバラの花びらが飾られた熱々のアップルパイが並べられました。
そしてウォーマーの上にはティーコゼーに覆われたポットが乗せられます。
紅茶が注がれている間もとても良い香りがしてきて、期待はさらに高まりました。
「なんて良い香り・・・」
先生もお喜びのようです。よかったわ、今度アンナ様にはお礼を言わなくてはいけないわね。
紅茶もアップルパイも大満足でした。レオ様にもご紹介したいわ。レオ様にも召し上がっていただきたいとお手紙に書いてもいいかしら?




