表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
319/445

[319]

「あっという間だったな 来てよかったよ いい経験になった」

『ああ 私もだ』

窓を開け放ち、見納めになる夜の海を眺めながらグラスを合わせた。


「海岸線を見てきたんだ 定期船の停泊する場所を決めようと思ってさ」

私が書類をまとめていた午前の間、ベンヤミンは外出していた。それを調べに行っていたのか。


『どうだ?手頃な場所は見つかったか?』

「んー港を整備するのは時期尚早だと思うんだよな 整備が必要なのはこの町だけじゃないだろうし」

『そうだな』

小さな漁船と違って、ある程度の規模の船を使うことになる定期船を、安全に泊められるよう港を整備するのは一大事業だ。


「だから それぞれの町に荷役用の小さな船を用意したい」

『沖に停泊させて その船で荷下ろしをするのだな』

「そうそう」

『わかった』

港の整備となると私の一存で進めることはできないが、小舟を用意する程度ならば問題ない。


「それでさ 俺ダールイベックからノシュールまで海岸線を回ってこようと思う」

『そうか』

「今回自分の目で見ることの大切さを知ったからな 経験のない俺に任せてくれたんだ 失敗するわけにはいかないからさ 行ってきていいかな」


『ああ勿論だ 頼む』

一緒に見て回りたいのは山々なのだが、来年以降長期間王都を離れるため、すべきことが溜まりに溜まっている。


「王都に戻ったらできるだけ早く計画書を出すよ」

『わかった』



そこまで話し終えるとベンヤミンはニカッと笑った。

「さっ ここからは堅苦しい話はなしだぜ 今夜くらいは気楽に飲もうな」

改めてグラスを近づけてきたので、二度目の乾杯をした。



『堅苦しい話はなしってことだったな 昔話はどうだ?』

ちょうどいい機会だ。喉に刺さった小骨のように、常に頭の片隅から離れなかったあのことを聞きたい。

「珍しいな いいぜ 何の話からしようか」

早速空になったベンヤミンのグラスにワインを注ぐ。


『うんと古い話だ 初めて会った頃のことを憶えているか?』

「勿論憶えているぜ 六歳になってすぐだった レオはまだ五歳だったっけ」

『そうだな 六歳になる直前だったと思う』

「十二年かー 結構経ったな」

年齢のことはどうでもいいんだ。その時のレオ()は一体どんな人間だった?


どう聞けばいい?


・・・あれこれ考えず直接聞くか。

『第一印象はどうだった?憶えているか?』


「あ ああ!忘れるわけないぜ レオはさ初めて会った時から一番背が高かったんだ デニス兄よりも二歳上のアレクシーよりもだぜ」

違う、身長なんてどうでもいいんだよ。見た目の話ではなくて・・・



・・・わざと避けてるのか?


『他は?私にどんな印象を持った?憶えているか?』

「レオ」


グラスを置いて、じっと目を覗き込まれた。

「何か聞きたいことがあるんだろ?俺が知ってることは全部話す だから何を知りたいのか話してくれ」



ベンヤミンは私の秘密を唯一知る男だ。話すことに恐怖はない。

『陛下に言われたんだ 幼い頃の私には人間らしさが欠けていたと』


ベンヤミンは何も言わない。何も言わず私の目を覗き続けていた。

『だが私にはその意味がわからなかった 感情に関する記憶が一切ないらしいんだ だから教えてほしい 初めて会った頃 私はどういう人間に見えた?』


暫くの間沈黙が続いた。思い出そうとしているのか、どう言おうか考えているのか・・・私はベンヤミンが話し出すのを待った。


「感情だけが思い出せないのか?」

『そうだ 行動は憶えている』


何度か口元を触った後、ワインを一口飲んだベンヤミンがようやく話し始めた。

「俺達四人とレオが初めて会った時さ レオはニコニコ笑っていた 父上に聞いていた通りだったよ」

『そうか』

「イクセルはまだかなり幼くてさ レオが優しそうで嬉しいって無邪気に喜んでたなー」

当時のイクセルの顔が頭に浮かぶ。


「何日か経って俺は少しだけ違和感を感じた」

『違和感?』

「ああ・・・

 レオ 正直に言うぜ


 レオはずっと表情が変わらなかった」


表情が変わらない?それが違和感に繋がるのか?

「常にニコニコしているんだ 勿論レオを苛立たせることなんて俺達はしなかった けどさ なんていうかとにかく俺は不自然な感じがしたんだよ ニコニコはしてるのに目の奥がすごく冷たい気がしてさ」



・・・

「アレクシーにもデニス兄にも聞きづらくてさ 父上に聞いてみたんだよ」

『何を聞いたんだ?』


「王子殿下はいつも笑顔ですね とかそんな感じ 父上がレオのこと大変穏やかな方だって言っていたからさ」

『うん それでなんと言っていたんだ?憶えているか?』


「正確には憶えていないけど あのお歳で完全に己を律することがお出来になる方だ みたいなさ とにかく絶賛していたことは憶えてる」

『そうか』

私のことを言っているはずなのに、やはり自分のこととは思えないな。第一この歳になっても未だに感情を隠しきれてないじゃないか。邸への不満だって簡単にベンヤミンに見抜かれていたぞ。



「他のやつらがどう感じていたかは聞いていない けど俺はあの頃レオのことが恐ろしかった」

『そうか』


「頭のキレも段違いだった レオと一緒に勉強しているとさ 俺はとても頭が悪いんじゃないかって凹んだりもしたんだぜ」

笑ってワインをまた一口飲む。

「ま キレが抜群なのは変わってないけどな レオが特別なだけで俺が普通なんだって今じゃ安心してる」

『ベンヤミンは優秀だよ』


「うん知ってる」そう言って笑った。「これでもかなり努力しているからな」とも。


「家庭教師との授業の時にさ たまにぞっとするようなことを言ってた気がするんだけど 忘れちまったな」

それが一番知りたい気がした。けれどベンヤミンが忘れていてくれてほっとしたのも本音だと思う。



『今は?今も私のことが恐ろしいか?』

ベンヤミンの目元がさらに和らいだ気がする。


「答えがわかってて聞いているんだよな?」

ああわかっている。私がベンヤミンのことを腹の底まで見せられる友人だと思っているのと同じくらい、彼も私のことを友人と認めていることを。



『いつ頃だ?』

「ん?」

『恐怖が消えたのは 憶えているか?』




「ああ 日付まで言えるぜ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ