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向かいの長椅子に座るのは、コルペラ卿と第一騎士団の分隊長。そして私の隣にはベンヤミンが座っている。


「代官殿より公邸のホールを貸与頂けるとの話を伺いました 誠にありがとうございます」

『知っての通り修繕が必要だ 出来る限り急がせる』


年明けに一度目撃されて以来、不審な船の接近はないと言う。当時は一小隊ほどいた騎士団員も、今は三十名程だ。このもの達は今後も国境警備隊としてこの地に長期滞在になる。

また数年以内には翡翠の採掘も始まる。その監督も担う予定だ。


『宿舎が出来るまで不便をかけるな』

「私共は問題ございません ただ公邸への負担を考慮すべきと考えまして 第一騎士団より使用人を一名手配させて頂きたく思います」

こちらで用意するつもりでいたところ、先を越されたな。

『わかった その件はコルペラ卿と相談の上決めてくれ』



「申し遅れましたが 調査で採掘した翡翠は 第二騎士団に引き渡し済みでございます」

『感謝する』

翡翠は王都に持ち帰り、専門家が鑑定する。過去の取引の記録から見て質の高さは間違いないだろう。とは言っても、ステファンマルクでは興味を示すものが少ないだろうから、こちらは主に交易船で東の国とやり取りをすることになりそうだ。



分隊長を交えての話はここまでだ。

「お時間を頂きありがとうございました 私はこれで失礼致します」

立ち上がり最敬礼の後、任務に戻っていった。



『コルペラ卿 使用人も一人では足りないだろう 何人か送る』

夏の間はまだいい。しかし冬になれば仕事が何倍にも増える。人手は何人あっても多いということはないはずだ。


『宿が完成した後はそちらに移らせればいい』

「ありがとうございます 有難くお受け致します」



その後は他の町の視察の結果を説明した。

「ビートですか! 承知致しました 早速来春から栽培致します」


この町へ来る通り沿いに広がっていた畑では、主に麦と豆を育てていた。検討の上その輪作サイクルにビートを加えてみることにしたのだ。


『ダールイベック領では殆どビートが栽培されていない 安定して供給できるようになればこの地のものも砂糖が手に入りやすくなる』

長い期間雪に閉ざされるこの国にとって、保存食作りは重要なことだ。この辺りでは収穫した果実を干して保存していると聞いた。砂糖が潤沢に出回るようになればもっと幅広い保存が可能になる。


「ビートの葉は飼料にも適していますし 堆肥にもなります 輪作にもってこいですよ」

パン食のための小麦栽培は欠かせない。しかし麦ばかりを作ってもいられないのだ。この辺りはベンヤミンが詳しいのでとても頼りになる。


『ビートの生育が順調にいけば製糖工場を建てようと思う』

ダールイベック領で消費される砂糖は、全てと言っていいほど他領産だ。この地で砂糖が生産できるようになれば、取引先として最も適しているのはダールイベック領だ。収穫したビートのまま出荷するより格段に金になる。

「承知致しました 相応しい土地を検討します」


『ここは二十四の直轄地の中で 北方を除くと最も広い しかも王都・ダールイベック・ノシュール三つの大市場圏内だ 発展する要素は揃っている 着実に育てて行こう』

「かしこまりました まずは開墾からでしょうか」

『それに関してはノシュール卿が説明をする 地図を見ながら話そうか』

私が言い終わるや否や立ち上がったコルペラ卿は、丸めて立てかけてあった地図を運んできてテーブルの上に広げた。



「― というのが最も効率よい進め方だと考えています」

紙いっぱいに走り書きをしながら聞いていたコルペラ卿が、何度も頷いた。


「大変よくわかりました こちらも早急に準備を進めます」

『順調に進めば 開墾後三年で耕地として使えるようになるそうだ』

「これだけの土地が有効に活用されるようになれば 農業収入も格段に上がりますね」

それはその通りなのだが。


『これは私よりも 専門家だった卿の方が深く理解していることだが 直轄地の作物は最安値で取引される』

「はい」

『だからできるだけ加工して出荷できるものを奨めていきたい』

穀物にしろ野菜にしろ、直轄地で収穫されたものは最も安い価格で取引されると決まっている。


野菜は王都から一番近いドゥクティグ卿のところが、圧倒的な占有率を誇っている。直轄地同士で争うことは不毛だ。どの道あの地の利には敵わない。

「野菜や穀物はここの直轄地内での消費量に抑えて 後は加工品主体にするのがいいかなと思ってるんですよね」

ベンヤミンが補足をしつつ話を続ける。


「殿下と相談したのですが 砂糖と乳製品に力を入れるのはどうかなと考えています」

「乳製品と言うとチーズが適していますね」

十年中央で食糧担当をしていただけあって、話がどんどん進む。


「はい 俺もチーズがいいと思ってました 砂糖はダールイベック領 チーズはノシュール領が手を上げるでしょう」

「では私は工場予定地 運搬用の路の整備の検討を始めます」

『これだけ広い直轄地だ 土地を回るだけでも一苦労だが卿が頼りだ よろしく頼む』

コルペラ卿は王都で初めて会った時と同じ顔をしていた。この顔だよ、好奇心と意欲に満ち溢れたこの姿こそが、代官を任せようと思った一番の理由だったんだ。


「お任せ下さい 必ずやご期待にお応えできるよう尽力致します」

頼もしい言葉だ。安心して任せられるよ。

『ここの直轄地で私の立場は担当官だ 要望や改善案は遠慮なく送ってほしい』

「承知致しました 報告は毎月送らせて頂く予定でございます」


あ、もしや卿も代官には苦労した側の人間か?

『助かるよ 他の直轄地の担当官から羨まれそうだな』

笑っている。やはり苦労した経験があるらしい。




他にも手をかけたいことはいくつもあるのだが、一度に着手しては代官一人で捌き切れなくなる恐れがある。町の整備は一ヵ所ずつ、まずは公邸のあるこの町から着実に進めていこう。そう、急ぐ必要はない。



『建築工事は順調だな 店舗の計画も進めよう 引き続き住民の要望も集めてほしい』

「かしこまりました こちらもまとまりましたらご報告差し上げます」

今回の視察でやるべきことは全てやり遂げた。心置きなく王都へ戻ることが出来そうだ。

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