[310]
「でもさ レオはどうしたってレオにしか見えないよな」
ベンヤミンの言うことは時々解釈に悩む。今も何が言いたいのか正直わからない。
『ベンヤミンもベンヤミンにしか見えないとは思うが』
「違うよ!俺が言いたいのはそうじゃなくてさ レオの髪だよ その色はどうしたって王族にしか見えないって話」
『ああ・・・髪か』
言われて納得した。この国の多くのものは亜麻色の髪をしている。意外に思うかもしれないがブロンドの髪は極めて珍しいのだ。
『そうだな それは認める だがそれを言うならベンヤミンの髪色も相当珍しいと思う』
「まあなー レオほどではないけれど」
今散策に向かっている六人の中で、ロニーとビル、そしてゲイルは亜麻色だ。ジェフリーはジンジャーで、確かにこの中にいると私とベンヤミンの髪色は目立つな。
「ソフィアもブロンドだけど レオよりうんと淡いからな やっぱレオの髪は特別だよ」
『ボレーリンには王族の血が混ざっているからな』
過去何人もの王女がボレーリン家に降嫁している。また歴代の王妃の中にはボレーリン出身の方もいたはずだ。
髪の話はさておき、早速にぎやかな音が聞こえてきた。ここは確か店が並ぶのだったな。着工したばかりのようで、職人達が忙しく土台作りをしている。
『この辺りが町の中心になるのか』
「これは店舗になるのですか?」
『ああ 王都に建設中のマーケットのように 二階部分を住居にする予定だ』
奥にはテントが並んでいる。ここで寝泊まりしながら作業しているのか。今は作業に没頭しているようだし、彼らに声をかけるのは後にしよう。
『まずは工場へ向かおうと思う』
それにしても静かな町だ。まだ一人も住人を見かけていない。日暮れまで時間があるから、まだ漁に出ているのかもしれない。
海沿いの道から一本中に入る。何軒かの民家の先に工場はあった。
「ここかー 思っていたより立派だな」
「二十年以上経っていますから 定期的な手入れも行っていたのでしょうね」
こうしてウルッポの残したものを見て回るうちに、彼の人物像が段々とわかってきた気がする。
ありていに言うと、非常に見栄っ張りな男だ。邸だけではなく、工場もこうして手入れを重ねていたことには感謝したいと思う。
少し奥まったところに併設している小さな建物のノッカーを鳴らすと、中から元気のよい女性の声がした。
「はーい お待たせしまし・・・た!
殿下!」
そこには工場長のオリアン夫人が目を丸くして立っていた。
『先程着いたんだ 元気そうだな』
オリアン夫人は慌てたようにスカートを払い、がばりと頭を下げた。
「お出迎えもせずに大変失礼致しました お越し下さりありがとうございます どうぞお入り下さいませ」
彼女の案内で建物の中に入る。建物の中は光が充分に差し込んで明るく、掃除も行き届いていた。オリアン夫妻がこの工場を大切にしていることが感じられる。
「ただ今主人を呼んで参ります」
今入ってきた扉から夫人が出ていこうとするので呼び止めた。
『オリアンは今どこに?』
「はい 川で染色をしております」
『それならば会うのは後にしよう 先に工場を見せてはもらえないか?』
職人の手を止めるのは気が引ける。特にオリアンは染色師だ。繊細な作業をしている最中ならば台無しにしかねない。
夫人は健康そうに日焼けした顔をニッコリとさせて頷いた。
「かしこまりました どうぞご案内致します」
『その前に紹介しよう こちらはノシュール卿 私の補佐役だ こちらの二人はハルヴァリー卿とコンティオーラ卿 第二騎士団の騎士だ ロニーとビルには面識があるな
皆にも紹介する こちらが工場長のオリアン夫人だ』
ベンヤミンから順に挨拶を交わしていく。ほんの一瞬驚いたような顔をしていたな。ベンヤミンに工場の話をするのを忘れていたのかもしれない。
オリアン夫人が小さな箱を持ってきて蓋を開けた。
「工場の中はかなり大きな音がしています こちらをお使い下さいませ」
皆不思議そうに箱の中を覗き込んだ。指の先ほどの小さなものがたくさん入っている。
彼女がポケットから同じものを二つ取り出し耳の穴にそれを詰めてみせた。成程、音を遮るものなのだな。
一度外した彼女が再び説明をする。
「三種類の大きさがあります 合うものをお試し下さい」
どうやら色別に大きさが違うらしい。皆一つずつ取り出しては耳の中に入れて試している。
それぞれ合うものを見つけた。何故か皆同じように片手に一つずつ握りしめている。
「作業中の工員も皆これを使っています ご無礼をお許し下さいますと幸いでございます」
『案じることはない 作業の手を止める必要もないからな』
「感謝致します ではご案内致します」
オリアン夫人が再び両耳に詰め物を入れたのを確認して、皆も同じように耳を塞ぐ。彼女が会釈をして重厚な扉を開いた。




