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二百人足らずの小さな町だ。どうしたって私達はよそ者だとわかるだろう。それならば普段通りの身なりで行く方がよいだろうか・・・
いや貴族と言えばビョルケイ一家しか知らなかったもの達だ。服装ひとつが彼らには圧力になりかねない。王都で暮らしているバルトシュですらそうだったではないか。
上着を脱いで、ウエストコートも脱いだ。
「こちらでよろしいですか?」
ロニーが差し出したのは白い麻のシャツだ。
『ああ』
シャツを着替えて改めて部屋の中を確認する。煌びやかな一階とは違い、こざっぱりとした落ち着く部屋だ。そして窓の外には大海原が広がっていた。
『海のすぐそばだったんだな』
「はい 通りの向こうは海でした」
先に着替えを終えたビルが相槌を打った。ビルも簡素な麻のシャツを着ている。
『ビル ゲイルに外に出ると伝えてきてほしい 護衛は二人まで それと着替えてくるよう言ってくれ』
「承知致しました」
入れ替わるようにベンヤミンが扉を叩いた。
「レオ 準備できたぜ」
同じようなシャツを羽織り、剣を一本下げただけのベンヤミンの姿は少し新鮮だった。
『そうしているとベンヤミンも休暇中の騎士のように見えるぞ』
「本当か!一度俺も変装してみたかったんだよなー」
・・・
『嬉しそうなところ済まないが それは変装ではないと思う』
一瞬口を半開きにしたまま固まりかけたベンヤミンだったが、早口になって言い返してきた。
「いいんだよそれでも!ここにはさ俺を知る人もいないんだから 変装みたいなもんなんだって!」
なんだかよくわからないが、本人が楽しんでいるみたいだからいいか。
護衛を待つまでの間、先程聞きそびれたことを確認しようと執務室へ向かった。
コルペラ卿は机に向かい忙しくペンを走らせている最中だった。
『邪魔をして悪いな 聞きそびれていたことがあってね』
言い終わらぬうちに、卿は素早く立ち上がり小走りで歩み寄ってきた。
「はい!何なりとお申し付けを!」
・・・十年以上中央で官僚を務めていたのだよな?誰と比べるわけでもないが、彼こそ従者に相応しい才能を秘めているように思う。官僚よりも。
いやそんなことを言ってはいけないな、コルペラ卿には長きに渡りこの地を任せるのだ。代官としての才にも秀でているに違いない、そう信じよう。
『この町の人々のことなのだが 卿は直接会話する機会はあったか?』
「はい 着任以降 確認も兼ねまして何度か町を回りました 言葉を交わしたのは三分の一ほどでしょうか」
素晴らしいな。この短い期間にそれだけの人数と接点を持ったのか。やはり彼は優秀な代官になるだろう。何よりその熱心さには好感を持った。
『彼らはビョルケイ家の現状をどの程度知っている?』
「工場の不正に関しましては皆の知るところだと思います 不正な作業を強いられていたもの達にはすこぶる感謝されました 工員も同様の反応でした」
『そうか』
工場の帳簿は酷いものだった。何が何だかさっぱりわからず、よくこれで二十三年もやってこれたなと呆れたものだが、賃金は目を疑うほど相場とはかけ離れたものだった。
今までは不平を漏らすことなく働いてきたのだろうが、工場長が変わり自分たちの技術を正しく評価されたことによって、いかに不当な扱いを受けていたかと思い知らされたことだろう。
「もう一つの件でございますが・・・」
コルペラ卿は声を落として続けた。
「これは着任前の出来事ですので聞き伝えになります この邸に第一騎士団が入りました時町中のものがそれを見物していたそうです」
『それはつまり』
「はい 詳細は説明されてないようでございますが 何かしら感付いているものもいるのではないかと」
『そうか・・・
助かった ありがとうコルペラ卿』
廊下で話声がする。護衛が合流したようだ。そろそろ行こう。
『揃ったようだ 少し出掛けてくる』
ビルよりも早くノブに手をかけたコルペラ卿が扉を開く。
「ご案内致します}
『いや今日のところは私達だけで大丈夫だ この辺りの地理なら頭に入っているからな』
「承知致しました お気をつけてお出かけ下さいませ」
コルペラ卿に見送られて邸を出た。
町の散策には私とベンヤミン、ロニー、ビル、そしてゲイルとジェフリーの総勢六名で行くことになった。この町の地図なら穴が開くほど見たからな。案内がなくても充分見て回れるだろう。




