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翌日の王宮もまた賑やかだった。何台もの馬車がずらりと並び、次々荷物が積み込まれていく。


祝宴が終わり、早々帰国の途につく国もある。グリコスもその一つだ。

「まあレオ殿下 王太子自らお見送りに来て下さるとは さあリサ ご挨拶を!」

母親に押し出されたリサが、眉を下げたまま少し恥ずかしそうに笑った。

「この度のご招待誠にありがとうございました この数日数多くの貴重な体験をさせて頂けました ステファンマルクの今後益々のご繁栄をお祈り申し上げます」


『グリコスの友好に感謝致します 道中お気を付けください』

ジェネットの姿は見当たらなかった。グリコス王家のものと会うのはきっと今日が最後になるだろう。この国にも明るい未来が開けたらいいと思う。一朝一夕には無理なことでも、信じて進めばいつかは叶う。

先の世代でもいい、グリコスが他国と堂々と渡り合える国になる日が来ることを信じよう。





『クラウドも午前に発つと言っていたな』

「はい 向かわれますか?」

『うん』

国王が病に伏している中駆けつけてくれたメルトルッカ王子のクラウド。彼を待つのが喜ばしい報告であるようにと、願わずにはいられない。



メルトルッカが滞在中の宮へたどり着く前に、馬車に乗り込むところだったルトナ王女を見かけた。

《お出かけですか?ルトナ王女》

〈はい お土産を探しに行こうかと思いまして〉


大人びた服装と幼い言動がチグハグに思えていた彼女は、聞けばまだ十三歳なのだそうだ。その年代だと何を喜ぶだろうな。

《この国で人気の店を一軒ご紹介します あなたの気に入るものがあるといいのだが》

馬車の前に並んでいた騎士にクーレンミッキの名前を告げた。スイーリがルトナくらいの年齢だった頃、いくつかあの店で贈り物をしたことを思い出す。


〈ご紹介ありがとうレオ殿下 ステファンマルクの思い出に一つ頂いてこようと思います〉

《お気をつけてお出かけ下さい いってらっしゃい》

〈はい!行ってきます〉

笑顔で手を振る彼女は、ようやく年相応に見えて可愛らしかった。



「レオ殿下」

ルトナの馬車を見送っていると、前から歩いてきたジェネットが私の前で立ち止まった。


「もう発つわ これをお渡ししたくて」

封筒を渡された。宛名に私の名前が書いてある。とても綺麗な字だった。

「もう少しこの国を楽しみたかったわ」

そう言って城を見上げたジェネットは、つきものが落ちたような晴れやかな顔をしていた。


『機会があればまた来てほしい 歓迎するよ』

「友として?」

『ああ 友として』


「嬉しいわ 遠く離れた地に友人がいる 悪くないわね」

『元気で 幸せを掴めよ』

「ありがとうレオ殿下 あなたも可愛らしいあの娘とお幸せに」



「昨夜何があったのでございますか?」

ジェネットの去っていく姿を見ながら、ロニーがぽつりと尋ねた。

『彼女は骨の髄まで王族だってことじゃないかな』

今までは王族の立場に縛られるだけだったのかもしれない。これからはそれを上手く利用することも覚えることだろう。彼女ならばきっと出来るはずだ。



『さて 今度こそクラウドに会いに行かなければな』


メルトルッカは荷積みの最中だった。クラウドはまだ宮の中にいるようだ。

忙しく行き来していたものの一人が私達に気がつき、慌てたように走り寄ってきた。

「ご足労頂き感謝申し上げます ただ今クラウディオ殿下をお呼びして参ります」


『ああ 出発まで時間があるなら出直す―』と返事をしようとした時には、彼はもう宮の中へと消え去った後だった。なんて足の速さだ。




「ありがとうレオ 見送りに来てくれたんだね」

間もなくして、穏やかな笑みを浮かべたクラウドが従者と共に宮から出てきた。

『済まないなクラウド 急かせるつもりはなかったのだが』


「ううん 支度は済んでいたのだよ 会いに来てくれて嬉しいよ」

どちらからともなく宮の前庭へと足が向いた。


「ステファンマルクの夏は清々しいね レオはメルトルッカの夏に耐えられるかなあ」

『メルトルッカの夏はそんなに暑いのか?』


ニコッと笑ってとんでもないことを言い出した。

「温室で一日過ごしてみるとメルトルッカの夏がわかると思うよ」

『・・・夏の温室 か?』

「うん もちろん レオ試してみますか?」



『クラウド・・・ 私は留学先を変更しようと思う』

クラウドは声をあげて笑った。


散々笑った後のクラウドが、笑みを残したまま話を変えた。

「ねえレオとスイーリさんはいつ頃出会ったの?」

『九年前 かな』

「思っていたよりも幼い頃に出会っていたんだね」

『そう か』


「いいね ステファンマルクは」

何度かこういう表情をしていたことを思い出す。

『クラウド?』

彼には私達よりうんと幼い頃から結婚相手がいたのだものな。もしかすると恋愛への憧れでもあるのだろうか。


「先日はスイーリさんがいたから言えなかったのだけれど 私には妃がいる」

『うん?』

許嫁と言っていたよな?二年後に結婚すると。


「祖父の代から妾は廃止されたんだ でも妃を四人持つのが王の決まり これは祖父も覆せなかったことなんだよ」

『そうか』

メルトルッカが複数の妻を持つことは知っていた。知っていたはずなのに、どこかクラウドとは無縁のことのように考えていたらしい。


「正式な妻は二年後に迎える許嫁だよ

 既に二妃と三妃がいる私のところへ嫁ぐのはどんな気持ちだろうね」


・・・私には言える言葉がない。だが許嫁の心を慮ることの出来るクラウドだ。少なくとも許嫁への感情は二妃や三妃へのそれとは違うのだろうとは思う。



「困らせちゃったかな?レオには話しておきたかったんだ

 これを聞いた後でも私のことを友人だと思ってくれるのかな」

『当たり前だろう クラウドは国に従っているだけのこと それを私がとやかく言うことはない』


ジェネットも、そしてクラウドも。

王族という立場にいながら、自分ではどうすることも出来ない身上にもがいている。私が二人のような立場に置かれていたら、甘んじて受け入れることは出来ただろうか。



「レオ あなたは既に立派な王太子だね 私が力を貸すなどとおこがましいことだったよ」

『クラウド?』

そして彼は穏やかな笑みを浮かべる。温和で敵を作らない笑みだ。そして本心が全く見えないとも言える。



クラウドが差し出した右手を握った。

「次はメルトルッカで会いましょう 再会を楽しみにしています」

『メルトルッカの友好に心から感謝と敬意を表します 道中お気をつけて』




~~~

私室に戻って、ジェネットの手紙を広げた。



~親愛なるレオ殿下


直接お話しするのは気恥ずかしいから手紙を書くことにしたわ。

私を友と呼んでくれてありがとう。驚かないでね、あなたは私にとって初めてのお友達なのよ。お母様は私が友達を作ることを決してお許しにはならなかったの。あなたなら説明しなくても理由はお分かりになるでしょうね。


王族は常に最上であれ―私はそう言い聞かされて育ってきたわ。周囲にいるものは全て臣下。どんなに美しい令嬢であっても、どんなに聡明な令息であっても、どんなに優れた剣の腕を持っていたとしても。

それを友と呼ぶことは許されなかった。まして愛することなど絶対あってはならないのよ。


あなたの婚約者、スイーリさんの笑顔がとても眩しかったわ。もしも私もこの国に生まれていたら、彼女のように屈託のない笑顔を浮かべることができたかしら。


なんてね。


世界から孤立したグリコス。グリコスの中で孤立していた私。何もかも諦めていたわ。


レオ殿下、あなたは私を、いいえグリコスを照らしてくれた。

私にできるのかしら。あなたの言葉を聞いていると、強い力が湧いてくるような気がしたわ。

頑張ってみたい。グリコスに帰るまで時間はたっぷりあるわ。その間にじっくり考えようと思うの。じっくり自分で考えて、進む道を決められたら、その時は力を貸して頂けるかしら。


そしてグリコスに帰ったら、まずは国のことを知ろうと思うの。あなたに聞かされるまで知らなかったことがたくさんあったわ。それが恥ずかしいことだと気がつかせてくれたのもレオ殿下、あなたよ。


あなたは民に失礼だと私を叱った。―あの言葉は衝撃だったわ。今までそんなこと考えたこともなかった。

あなたがステファンマルクを愛するように、いつか私もグリコスを愛することができるかしら。



愛したい、と思うわ。


あなたの友 ジェネット・エーデル=グリコス

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