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五日目の夜。長かった祝祭も今夜でようやく終わる。最終日の今日は鳶尾宮で二度目の夜会だ。
・・・今夜はやけに騒がしい。
ホールに入った途端ざわめきが数倍に膨れ上がった。
『今夜で最後だからかな 皆楽しんでるようだね』
「ふふ それだけでしょうか?」
スイーリが楽しそうに笑っている。何か企んでいるときと同じ目をしている?
『なんだスイーリは他の理由に心当たりでも?』
「ええ 大いにありますわ」
二日前アレクシーが「昼食会の報告をしてくる」と言った後、スイーリはすっかり元気を取り戻した。何を話したのかは聞いていない。少し悔しい気もするが、それが兄妹の絆ってやつなんだろう。
と、一言二言を交わしていると、あっという間にスイーリを慕う令嬢達に囲まれてしまった。
「スイーリ様!最終日は白いお衣装だったのですね!」
「卒業舞踏会のお話しを伺ってからというもの レオ様の白い式服を拝見したくてたまりませんでしたの」
「ああ なんて素敵―お噂通り白鳥の王子様だわ!」
「スイーリ様のドレスの輝きも!こちらも新しい貝装飾ですか?」
デニスもベンヤミンも、輪の外からニヤニヤと眺めているだけだ。そうだよ!その絵本を一度見てやろうと思っていたのに、すっかり忘れていた。
今夜は卒業舞踏会で着た、例の白いドレスと式服を着ている。
ドレスは裁縫師達の技術と努力のおかげで、素晴らしく生まれ変わっていた。
まずスカートの内側、アイスブルーの生地が取り除かれて、新しく白いレースが何枚も重ねられていた。純白さが増したドレスは、より一層スイーリの清楚さが際立って実に素晴らしい。
代わりに首の後ろに長く垂れ下がるアイスブルーのリボンが付けられた。ふわりと大きく結ばれたリボンで、スイーリの細く美しい首がより強調されている。
そして金糸だけだった刺繍には銀糸が追加されて、より華やかさが増した。
スイーリにはクールな色が似合うな。二日目の紺のドレスも大人びた雰囲気が良かったし、三日目のラベンダー色に銀糸の刺繍を施したドレスも、スイーリの瞳の色と合っていてとても魅力的だった。あの晩は唯一髪を下ろしていたんだよな。スイーリの黒髪は何にも勝る装飾だ。
いやピンクのドレスこそスイーリの美しさを最大限に引き出していたよな。そうだよ、スイーリには甘い色が似合うんだ。
「お伺いしていなければ お二人のお衣装があの舞踏会の時のものだとわからなかったですわ」
ソフィアの声で我に返った。危ない、夜会の最中になに考えてるんだ。
「そうなんですソフィア様!私も見せて頂いた時には驚いてしまって!レオ様のペリース!あまりにも素敵すぎませんか?私思わず叫び声を上げそうになってしまいましたもの」
あ・・・スイーリ、それ以上は危険な気がする・・・。
「レオ様の金糸のお衣装を拝見する機会はとても貴重ではありませんか!白いお衣装をお召し下さっただけでも尊すぎましたのに この式服は金糸と更にアイスブルーまで!レオ様のお色が全て詰まっているんですよ 素晴らしいですわよね しかもお― 」
アレクシーが無言で炭酸水の入ったグラスを差し出した。
「愛されているな レオ」
デニスの目がとても生暖かい。ベンヤミンとソフィアも不気味なほど静かに笑っている。
「俺達しかいない時でよかったな スイーリ」
アレクシーのその言葉がとどめを刺したらしい。スイーリはベリーみたいな顔をしたまま休憩室へ行ってしまった。今は一人にしてやる方がいい、よな?
「いいよな スイーリはレオに真っ直ぐでさ」
オースブリング嬢と楽し気に話しているソフィアを見ながら、ベンヤミンが小声で呟いた。
「俺もたまには・・・ うーん一度は言われてみたい!」
ソフィアが先程のスイーリのようにまくし立てる様子を想像してみる・・・
想像できないな。
『済まないベンヤミン 無理だと思う』
「うん 知ってた」
『・・・ソフィアにはソフィアならではの良さがある』
「ああ それも知ってる!」
なんだ、惚気たかっただけか。
そろそろスイーリを迎えに行こうかと思っていたところへ、意外な人物から声が掛けられた。
「レオ殿下 厚かましい申し出ではございますが 今夜一曲お相手を務めさせては頂けませんか?」
『喜んで 後ほどお誘いに上がりますリサ殿下』
リサ=グリコス、グリコスの第二王女。容姿も言動も派手な姉に比べて、存在感の薄い王女だ。何度か顔を合わす機会があったにも関わらず、挨拶以上の会話はしたことがなかった。
「今のグリコスの王女だよな?」
早速ベンヤミンが警戒した声を上げた。
『ああ 第二王女のリサ殿下だ』
「ようやく静かになったと思ったら次は妹か?」
『そんなんじゃないだろう』
そうなのだ。不思議なことに、あの昼食会以降ジェネットからつけ回されることはピタリとなくなった。
三日目の夜会も四日目も、挨拶を交わしただけで終わった。
勿論昼間に待ち伏せされることもない。
理由はまるでわからなかったが、昼食会が何かのきっかけになったのだとしたら、あの時間も無駄ではなかったということだな。




