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「あら?それを聞きたくて私をお誘いになったの?」
察しがいいな。しかもはぐらかすことなく真正面で受け止めるとは。
『まあね 婚約者に尋ねても答えてくれないのであなたが教えてくれないか?』
「いいわ 意気地のないあの娘に代わって私が教えてあげるわよ」
赤い唇がいびつにつり上がる。
「立場をわきまえるよう助言してあげたのよ」
『立場か 具体的にはどんなことだ?』
興が乗ったのかジェネットは、両肘をつき組んだ手に顎を乗せて話し始めた。
「あの娘は・・ダールイベックと言ったかしら ステファンマルクで一番の貴族だと言うことは知っているわ あの娘がレオ殿下の婚約者に選ばれたのもそれが理由でしょう?でも私言ったわよね 一番とは言っても所詮は臣下よ 大国の王妃には相応しくないわ」
ちらとアレクシーを見る。楽しんでいるようだな。ではもう少し続きを聞いてみるとするか。
『そうか 彼女がダールイベックだから私の婚約者になったのか そう言ったものでもいたのか?』
「そんなこと聞かなくてもわかったわ だってレオ殿下 あなたあの娘に関心がないでしょう?」
『あなたの目にはそう映ったか?』
ジェネットは勝ち誇ったように笑う。
「知らないわ あなた達が並んでいる姿なんて興味ないもの 私が言っているのはレオ殿下 あなたのことだけよ」
これは是非ともお聞かせ願いたいな。私は人前でそれほどまでスイーリに素っ気ない態度を取っているのか?
『そうか 私の態度がそう思わせているのだな』
「そうよレオ殿下 あなたは女性を褒める言葉一つ知らない 褒めたことがないのでしょう?婚約者に興味がないのなら無理もないわ でもそれじゃせっかくのお顔も台無しよ」
何のことを言ってるんだ?私とスイーリの会話を聞いていたのか?いつの話だ?たった今興味がないと言ったじゃないか。
『自分では褒めているつもりなのだがな』
ジェネットは気怠そうに首を傾け、人差し指を振って見せた。
「あれが誉め言葉だと思う女はいないわ まるで心がこもっていなかったもの」
ジェネットが同情するほど酷いことを言ったのだろうか。全く心当たりがない。
その時ケラケラと笑う声が聞こえた。
「レオ 多分見当違いしてるぜ ジェネット殿下は初日にレオが言った言葉に恨みを持っておいでなんだよ そうですよね?」
「あら あなた聞いていたの?」
「はい すぐ近くにおりましたもので」
初日?婚約を発表した夜会のことだろう?恨みを買うようなことを言ったか?全く覚えがない。
『そのことは後で聞いておく ところで最初の話に戻るが 彼女が相応しくないと言うのならば どのようなものが相応しいとお考えなのだ?参考までに聞かせてくれないか』
「それは私の口からは言えないわ でもそうね これだけは教えてあげる 少なくともレオ殿下 あなたと今同じ位置にいる方が相応しいのではなくて?」
意外だな、濁したか。てっきり自分の名前を言うのだろうと思った。
『なるほど グリコスの王家はそのように婚姻相手を決めるのだな 参考になった』
「・・・そうよ 王家は常に最上を選ぶ必要があるの」
今までの挑発的な物言いとは違い、この最後の言葉にはどこか諦めのような響きがあった。
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『アレクシー付き合わせて悪かったな』
ジェネットが宮へと戻った後、二人になったホールで飲み直していた。紅茶だけれど。
「案外楽しかったぜ 最初はレオが何を言い出すつもりかとハラハラしたけどな」
『初代の王妃―グリコスでは女王と呼ばれているようだが その女王を慕っている割には不勉強だったな』
「野心的な部分にだけ惹かれているんじゃないのか」
『そうかもな』
結局気に掛ける必要もない、くだらない話だった。
相応しいだの相応しくないだの。そんなこと他国の人間にとやかく言われることではない。
『気にするな 放っておけ』と言うのは簡単だ。実際その通りだ。でもそれではスイーリの気は晴れないだろう。どうしたらいいか・・・。
突然アレクシーが立ち上がり、深く頭を下げた。
「殿下 半時間で構いません お時間を頂戴できますか?」
『あ ああ 構わないが』
「殿下の婚約者殿に今日の昼食会の報告をして参ります」
『アレクシー?』
「任せてくれレオ 俺がスイーリに話してくる」
兄だな・・・こんな時は、私よりも血を分けた兄の方がよいのかもしれない。
『頼む 恩に着るよ』




