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スイーリを送り届け、半日ぶりに自室へと戻ってきた。
「お食事はどうなさいますか?」
上着を受け取りながらロニーが尋ねる。
『今日はもういいや お茶だけもらえるかな』
「かしこまりました」
暫くして戻ってきたロニーがお茶の入ったポットと一緒にバスケットを置いた。
「いつものお茶の他に スープとパンをお持ちいたしました よろしければ夜食にお召し上がりください」
『ありがとう 後で食べるよ ロニーも今日はもう休んで』
「ありがとうございます おやすみなさいませ」
『おやすみ』
そして部屋に一人。考えるのはもちろんスイーリのこと。じっとしていられず、剣を振りながら今日のことを思い出す。
『可愛かった・・・』
嫌われてはいないだろうと思っていたが、スイーリも私のことを・・・。
前世のことはひとまず忘れよう。今はステファンマルクという国が私たちの現実であり、レオとスイーリとしてここで出会い、そして生きているのだから。
デート、したいな。
だがそこで問題が一つ。私は城下にあまり詳しくはない。・・・いや正直に言う。ほぼわからないと言ってもいい。地区の名称や地図なら頭に入っているが、それがデートに必要な情報かと問われたら首を横に振るしかないだろう。
今まで出向いた回数も指を折って数えられるほどだ。城下に関しては確実にスイーリの方が詳しいだろう。
侍女がついていた頃は、流行ものの話を聞かせてくれたりもしたが、ロニーとそんな話をすることもない。
うーん・・・初めてのデートで女性に頼りっぱなしなんて男は願い下げだよな・・・
このことは改めてじっくりと考えなくては。
と、ふいに扉を叩く音がした。
『どうぞ』
入ってきたのは侍従だ。
「遅くに失礼いたします 陛下が明日の朝食をご一緒にとのことです」
『わかった 鍛錬の後で構わないのかな?』
「はい 明日の陛下のご予定は九時の報告会からですので 殿下のご都合に合わせるようにと仰せつかっております」
『七時に伺うとお伝えしてくれ』
「かしこまりました」
ちょうどいい、父上に言いたいこともあるのだ。
スイーリをあれほど憔悴させたことに文句の一つくらい言わせてもらわなくては!
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朝、身支度を整え終えた頃、いつものようにヴィルホが迎えに来た。
「殿下 お早うございます」
『お早うヴィルホ 今日もよろしくお願いします』
「よろしくお願いいたします では参りましょうか」
『うん ロニー後で』
「いってらっしゃいませ」
ヴィルホは休暇の時以外はほぼ騎士の宿舎で寝泊りしているという。昨日も邸へは戻っていないようだ。
回廊から外の様子を見ると、昨夜見たときよりもさらに雪が積もっている。一晩でかなり降ったのだな。
「積もりましたね」
『もうじきあれが始まってしまうのか』
「始まってしまいましたね 昨夜・・・」
言いながら忍び笑いのヴィルホ。
『え?もう?』
あれとは冬季恒例のパン一雪合戦のことである。積もったとは言っても昨夜ではまだ10cm程度だったのではないか?雪合戦と言うよりも泥合戦になったような気がする。
「あれもいいストレスの発散になるのですよ」
『ヴィルホも参加したのか?』
「残念ながら・・・以前は何人倒すか競ってましたが」
『副隊長もいい的になるのではないかな』
「当てられ役ですか!それは全力で辞退いたします」
訓練場は普段の朝より幾分人が多かった。
『今朝は賑わっているね』
「雪が積もって嬉しいのでしょう」
『・・・そういうものなのか』
身体をほぐしながら会話を続ける。
『ヴィルホ
・・・聞いていると思うが 昨日スイーリに交際を申し込んだ』
「はい 大変光栄なこと ありがとうございます スイーリをよろしくお願いいたします」
『認めてくれてありがとう』
「妹は 泣いたのではありませんか?」
『え?』
「ずっと殿下のことを慕っておりましたから・・・」
『・・・』
『え?ヴィルホ泣いてる?』
「いえ・・・思い出したら少々汗が」
『わかりやすいね』
「さあ!始めましょう!」
まさかヴィルホが涙を落とすとは・・・いやそれだけスイーリが愛されているということだろう。温かい家族に囲まれて幸せに育ってきたのだな、そういうことだな。うんよかったなスイーリ。
汗を落として朝食へ向かう。
『おはようございます 父上 母上』
「おはよう レオ」
「おはよう さあさあ早く座ってちょうだいな」
母上は見るからにウズウズしている。私から何かを聞きだしたくて堪らないのだろう。けれどその話しは後だ。
『父上 あの書簡はないでしょう』
なんのことやら・・・てんで見当のついていない様子の父上はポカンとした顔をしている。
『あれでは簡潔以前に言葉足らずです 昨日スイーリがなんと言っていたと思いますか?』
「なんだね?もしかして上手く行かなかったのかい?」
『そうではありません 父上の喚問に 全く身に覚えのない咎で処刑も覚悟の上で登城した と震えていたのです』
「なんと?私は城へ来るようにと書いただけだが まさかそのように捉えるとは」
「陛下は時々お言葉が足りないのよね」
母上がパンを割りながら笑顔で援護射撃をくださる。
「いやすまなかった 今度詫びなくてはならないな」
『書簡なら用意しなくて結構です』
ふっ・・・ふっふっふ・・・
父上と母上は目を合わせたかと思うと同時に笑い出した。
「その分だと色よい返事を貰ったようだな」
『あ・・・』
「よかったわね レオ 大切にするのよ」
『はい ありがとうございます』
「ほら 機嫌直していただきましょう」
『私は別に不機嫌になど・・・』
「あら私は責めているのではなくてよ 大切な恋人を悪い男から護るなんて立派よ 素敵なことだわ」
「ちょっと待ってイレネ まさかとは思うが その悪い男とは私のことではあるまいね?」
「ほらレオ スープが冷めるわ」
「・・・・・」
父上が小さくなってしまった。
プッ・・・笑わないよう下を向いたというのに吹き出してしまった。母上も笑っている。
『すみません ほんの少しだけ言い過ぎました』




