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「お嬢様 王太子殿下がお見えでございます」
「ええ ただ今参ります」
夜会の時間になりました。今夜からはレオ様のパートナーとして一緒に入場させて頂くのです。
笑顔を浮かべるのよ、決して動揺など見せずに笑うの。
扉の前に立っておられるレオ様は、紺の式服を着ていらっしゃいます。とても見慣れた想い出の作品。レオ様が羽織る姿を何度もイメージしながら刺しました。僅か三日で仕上げて頂けたなんて、そのことをカリーナから聞いたときはとても驚いたわ。レオ様が着ている姿を早く見たくて嬉しくてたまらなかったの。
今夜私が着ているドレスも紺色とベージュ、レオ様の式服と同じ布で仕立ててもらったドレスです。二色のレースが美しくて、着るのが楽しみだったの。
首元には誕生日に頂いたブローチを付けました。レオ様の瞳のような素敵な色のブローチ。レオ様も同じ色のブローチをお付けになるはず、お揃いにしたくって、今夜は必ず付けようと思っていたの。
だから笑うのよ。私はレオ様の婚約者なのだから。
「レオ様お似合いです お召し頂きありがとうございます」
『礼を言うのは私の方だよスイーリ 素晴らしいものをありがとう』
大好きな優しい声。私だけが映っている空色の瞳。
『今夜は大人びて見えるな 上品でスイーリにとても似合っている 綺麗だよスイーリ』
「ありがとうございます レオ様」
『髪も可愛い 今日のドレスとよく合ってる』
沢山褒めて頂きました。いつでもレオ様は褒めて下さるの。その度に私は嬉しくなって、もっとレオ様に相応しくなりたいって思うのよ。
カリーナも嬉しそうね。ありがとうカリーナ、あなたが結ってくれる髪はいつだって完璧だわ。
『行こうか』
「はい」
差し出して下さった腕に手を添えます。
今夜からの三夜はお城のメインホールが会場です。初めてのホールは少し緊張しますが、昨日の夜会や今日のパレードを無事乗り切ったのですもの、大丈夫よ!それに今夜は隣にレオ様がいらっしゃる。私は一人ではないわ。
ホール裏にある休憩室に通されました。
兄様達は外で待機のようです。ふふ、式服を着ていても今はまだ勤務中なのね。
ロニーさんとビルさんはご一緒されるみたい。
ソファーに腰を下ろすと、レオ様は向かいのソファーにお座りになりました。隣に座って下さると思ったのに。
『スイーリ何か飲むか?』
昨日知りました。休憩室にも様々な飲み物が用意されています。レオ様はワインを飲まれるかしら?多分だけれど、レオ様は白ワインがお好きよね。ワインを頂く? でも今私は。
「私は結構です お部屋で紅茶を頂いたばかりで」
『そうか
ロニー ビル悪いが少し二人にしてくれないか?』
「かしこまりました 恐らく十分ほどだと思います」
『わかった』
お二人も部屋を出て行かれます。扉が閉まり、視線を戻すとレオ様がじっと私を見つめていました。
「レオ様?」
沈黙が続きます。
昼間のテラスのようなお顔ではありません。少しだけ目元が厳しい気がするわ。
もしかしてどこか変なところがあったかしら?髪?ううん、髪は褒めて下さった。何度も鏡を見たわ。ドレスもお化粧も問題ないはず。
どうして何も言って下さらないの?
「あの―」
『何があった?』
同時に話してしまいました。
『昼間の件ではないだろう?何があったんだ?』
―どうして?どうしてそんなことを?
「レオ様 私はお部屋で支度をしていました レオ様が送って下さったではありませんか」
『ああ だからわからないんだ』
つい視線を逸らしてしまいました。ふと手元を見ると右手も左手も強く握り締めていました。慌てて手を重ね直します。
『言いたくないなら無理には聞かない』
「あっ―」
どうしよう、怒らせてしまったかしら。
レオ様に隠し事なんて、一つだってしたくはないのに。
『スイーリ これだけは忘れないでほしい いつだって私はスイーリの味方だ 私が力になるのならいつでも使え』
ありがとうございます。やっぱりレオ様はお優しい。レオ様のその言葉で私は充分強くなれます。
「はい ありがとうございますレオ様 いつかそのような時が来たら お力をお貸し下さいね」
そうお返事を返すと、ようやく笑って下さったけれど、少し寂しそうに見えてしまったのは、隠し事をしている後ろめたさがあるからでしょうか。
レオ様のお耳には入れたくない。
カリーナ達にも口外しないよう念を押したわ。
大丈夫、私はレオ様の婚約者スイーリ=ダールイベック。背筋を伸ばし、誰よりも幸せな笑みを浮かべるのよ。
ノックが聞こえました。
「レオ様 ダールイベック様 お時間でございます」
『行こうかスイーリ 気分が優れないときは無理をするな 今夜は早めに切り上げよう』
「ありがとうございます でも私なら大丈夫です 最後まで務めさせて下さい」
お返事は頂けませんでした。声が小さすぎたかしら、きっとそうね。




