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「グリコスのジェネット殿下だったっけ?なかなか手強いな」

『勘弁してくれ 朝っぱらから聞きたくない』


早朝の訓練場は静かでいい。ここにいるとささくれかけていた心も凪いでくる。

のに今その名を出すのか。


『それよりアレクシー平気か?睡眠不足だろう』

アレクシーは普段早寝だと言っていた。祝祭の間は夜会出席でどうしても遅くなる。それでも日中は騎士としての通常勤務があるから、毎日早朝からつき合わせるのは気の毒になってきた。

そういや以前に本人が言ってたものな。その時は深く考えもしなかったが、やっぱりこの期間は鍛錬を休ませてやった方がいいだろうか。


「おいおいレオまで俺を子供扱いか?普段寝るのが早いのは日中に訓練があるからだよ 祝祭期間はそれもないからさ 鍛錬出来て俺も有難いんだから休めとか言うなよ」

『わかった 助かる』



『悪いな 暫く休みもあげられない』

これが終われば即視察だ。視察の日程を組んだのは私だ。もう少しゆとりを持たせるべきだったかもしれない。


「ったく 主が俺達以上に働いてんだぞ そんなことで不平を言うやつなんていないよ

 それに無理だと思ったら事前に誰かが進言してる 騎士は常に体調を万全に整えておかなくてはならないからな」

『それを聞いて安心した』



「おう もっと信用してくれていいぜ 伊達に鍛えてないからさ」

信用してないわけではないんだけれどな。


「目安を教えてやるよ」

『目安?』


「ああ レオがキツいなと感じるラインが俺達の限界だ」

ぷっ、同時に吹き出した。


『危ないな 鍛錬中に笑わせるなよ』

「否定しないだろう?」

『どうだろうな』



存分に汗を流してすっきりしたところで、私室に戻る。

『アレクシー 頼みがあるんだ』

「珍しいな 何?」


『今日ムイスト 私の馬に乗ってくれないか?』

本当は昨日自分で乗りたかった。一言言えば可能だと言うこともわかっていた。


「喜んで 王太子殿下の愛馬に騎乗出来るなんて 先輩方から羨ましがられるぜ」

『ムイストも黒鹿毛だ 浮くことはないはずだ』

「うん いい馬だよな」


馬相手にこんな感情は不要だとわかっている。それでもさ、あいつにも見せてやりたいんだよ。私の節目の瞬間をさ。



「レオ パレードは正装だよな?夜は?」

『まだ決まっていない 間に合えば今夜は紺だ』

あっ!と小さく声を上げたのはアレクシーの方だ。


「もう完成したのか?あれからまだ三日だぞ?」

『わからない だが二日目には用意すると言っていた 決まったらすぐ伝えるよ』

「ああ 頼む」

『構わないんだぞ 好きな色を着て』

アレクシーは笑いながら「時間になったら迎えに来る」と言って自分の部屋へ戻って行った。



汗を落とし、朝食を済ませた頃本宮から知らせが来た。

「レオ様 ダールイベック様がお着きになりました」

『うん わかった』

早いな、出発にはまだ一時間以上ある。


「もう本宮へ向かいましょうか」

『そうだな』

少しはスイーリと話す時間もありそうだ。

手早く身支度を済ませて部屋を出た。




「ダールイベック様はお召し替え中でございます 今しばらくお待ち下さいませ」


・・・そうならそうと先に言ってくれよ。

追い払われてしまい、仕方なくすごすごとサロンへ向かう。


そう言えば、昨日早めに来ると言っていたものな。着替えることは決まっていたのだろう。

言ってくれたらよかったのに。



そうして時間を潰していたところへ、ようやくスイーリの支度が終わったと侍女が伝えに来た。

「おはようございますレオ様 お待たせしてしまいごめんなさい」

『おはようスイーリ 今朝は早くから大変だっただろ―・・・』


スイーリは白いドレスを着ていた。

腕に沿うようにほっそりとした袖は、この季節らしく透けるようなレースになっている。両方の肩に乗っている少し大きなリボンは、馬車に乗った姿を想定して付けられたものだろう。そしてドレスの身頃には襟周りと前面を中心として重厚感のある銀糸の刺繍が施されていた。

髪は結い上げ、白い百合の花が飾られている。後ろから見てもその銀糸がよく映えるだろう。全てが今日、このパレードで着ることを考え抜いて作られたとわかるドレスだ。


「私が袖を通してよいのかと悩みましたが」

この刺繍は一目で王族専用のそれとわかる銀糸だ。それをスイーリが、私の婚約者が着ている。



「いかがでしょうか」



「レオ様― 」


「ふふ ありがとうございます」



『あ ごめん

 とてもいい スイーリには金糸が合うと思っていたが銀糸もいいな うんすごくいい』

あれ?今スイーリは私が何も言う前に礼を言わなかったか?


もしか・・・しなくても顔に出ていたのだろうな、まただらしなくみっともない顔を晒したに違いない。

「レオ様のお顔が満足そうに見えて 私も安心致しました この図案はレオ様のお上着のものと同じだそうですよ」


スイーリは優しいな。



『行こうか 王都中がスイーリを待ってる』

足取り軽くサロンを出たところで、白い騎士服を着た四人の騎士が待っていた。



あ・・・


しまったな。

「おはようございます殿下 ダールイベック様 お迎えが遅くなりまして申し訳ございません」


『うん いや・・・』

ちらっとアレクシーの方を見る。

真面目な顔をして立ってはいるが、心なしか目が笑っているような気がした。


歩く道すがらゲイルが説明を始めた。

「全て予定通りです 道順等に変更はございません 正午には帰城の予定です」

『わかった』



スイーリも参加すると知っていたら、早く切り上げるよう変更も出来たのに・・・

『済まないなスイーリ 戻ったら夜会までは部屋でゆっくりしてくれ』

「ふふ 大丈夫です レオ様 私そんなにか弱くはありませんよ」

昨日からスイーリがとても頼もしい。


『そうか ではスイーリさえよかったら昼食を一緒に取ろう 今日はメルトルッカの王子殿下と予定しているんだ』

「ご紹介頂けるのですね 嬉しいです ご一緒させて下さい」

『うん 三人で食事にしようか 心優しい方だから安心していて』

「はい 楽しみにしていますね」


出発前に陛下の執務室に立ち寄った。

『陛下おはようございます』「おはようございます」


「来たか スイーリよく似合うではないか」

私のことは無視か?


「ありがとうございます 僭越ながらお言葉に甘えさせて頂きました」

「王太子の婚約者だ何も問題はない 堂々と着ていればよい」

スイーリはふわりと優雅に礼をした。


「地味でちょうどよい引き立て役もおるからな なあレオ」

もちろんスイーリを引き立てる役目は光栄だ。他に譲るつもりはない。けどなんだかムカつくな。好きな色で用意して構わないと言ったのは陛下だぞ。何度蒸し返すつもりだよ。


スイーリはきょとんとした顔をしている。

『さあ 行こうかスイーリ』


陛下も立ち上がった。侍従がマントを羽織らせている。

「そこまで見送ろう」


テラスの前で陛下と別れた。陛下と王妃殿下にはテラスに設けた席でご観覧頂く予定だそうだ。

階段を降りた先には、城に仕えるもの達がずらりと並んでいた。

「王太子殿下 ダールイベック様 いってらっしゃいませ」



屋根のない紺色の馬車が私達を待っていた。

スイーリの手を取り馬車に乗る。今日先導を務めるのは第二騎士団の団長だ。

ムイストに乗ったアレクシーが馬車の左に就いた。アレクシーの前にはヨアヒムが、そして馬車の右側にはゲイルとジェフリーが就く。


後方に続くのは鳶尾の騎士達だ。皆新しい相棒に跨り出発を待っている。

「王太子殿下 ダールイベック様 おめでとうございます」

「いってらっしゃいませ」「王太子殿下万歳!!」


城中のものが外に出ているのかと思うほど多くのものが、正門まで続く路にずらりと並んで手を振っていた。

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