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「国王陛下 王妃殿下ご入場でございます」
拍手で出迎える。お二人が揃ってお並びになったところで、近くにいた夫人達から感嘆の溜息が漏れた。
「王妃殿下のドレスご覧になって!あのように輝くドレスは見たことがないわ 他国から取り寄せられたのかしら」
「ええ なんて気品溢れる輝きでしょう 空色のように見えますが時折紫にも緑にも見えませんこと?」
いくつもの流行を生み出してきた殿下の着る目新しいドレスに、早速注目が集まった。
改めてお二人にご挨拶を申し上げる。
『陛下 王妃殿下 足をお運び頂きありがとうございます』
「うん なかなか良いホールだ」
「ええ とても品よくまとまっているわ あなたらしさも感じられて素敵よ」
お二人からお褒めの言葉を頂き、まずはほっとした。尤もホールは全て任せっぱなしだったけれどな。
「では早速披露目と行くか 早くレオに見せたいこともあるからな」
『はい?』
ここまで来てまだ何かあるのか?尋ねたかったが、それを問う間はなかった。
「まずは―」
陛下が言葉を発した途端、全ての拍手が止まる。
「ここ王太子宮の名称が決まった 鳶尾宮だ 王太子自らの命名だ 馴染みのないものも多いだろうから説明しよう 何せこの私も初めて聞く言葉だったからな」
小さく笑いが起きる。
「鳶尾とは五月に咲くアイリスの名だ どうだ?なかなか良い名だろう」
「五月に?」「それは珍しい」と言ったざわめきと共に誰からともなくまた拍手が沸き起こる。
「そして―」
その一言で再びぴたりとざわめきが静まり、皆が陛下の次の言葉を待つ。
「今宵はもう一つ重大な発表がある」
そう言って開いたままだった扉の方を向かれた。まだ誰かいるのか?ここからホールに入ることが出来るものはもう他に・・・
―扉の向こうから少し俯き歩いてきたのは、あの真珠のように輝く春の桜のような色をしたドレスは・・・
ドレスの色が反射して頬が染まっているようにも見える。髪は複雑に編まれて結い上げられていた。
ゆっくりと進んできたスイーリは、王妃殿下の前で跪く。
殿下はスイーリの頭の上にティアラを乗せた。
「ふふ よく似合っているわ 今日のドレスにピッタリでしょう?」
「恐縮でございます 有難くお借りいたします」
「レオ 何を呆けている エスコートはお前の役目であろう」
そっと肘で突かれ我に返った。
数歩進み右手を差し出す。スイーリは微笑みながら手を取り立ち上がった。
「レオ様 十八回目のお誕生日 そして王太子叙任おめでとうございます やっとお伝えすることが出来ました」
『ありがとうスイーリ 驚いたよ
―綺麗だ』
「紹介する」
しんとしたホールに陛下の声が響き渡った。そうだった、今私は壇上にいてホール中の視線がここに集まっているのだった。決してそれを忘れていたわけではない。
「スイーリ=ダールイベック公爵令嬢 王太子の婚約者だ」
僅かな間沈黙は続いた。
「おめでとう!」「おめでとう!!」
「おめでとうレオ!」
「おめでとうございます」「おめでとうございます!王太子殿下レオ様 スイーリ様」
沈黙を破ったのは友人達の声だった。レオと呼んでくれたのはフレッドだな。
祝福の声と拍手がみるみる広がっていき、しまいには大歓声が巻き起こった。
「おめでとうございます」「王太子殿下 ダールイベック嬢 おめでとうございます」
「王太子殿下のご結婚だ!」
「王太子殿下万歳!」「ステファンマルク万歳!」
そっと隣に立つ美しい人を見る。彼女も私を見上げて微笑んでいた。
嗚呼・・・ようやく、ようやくこの時が来たんだね。スイーリ、私の美しい婚約者。
「さあレオ 婚約者を披露してこい 今宵の一曲目はお前達のものだ」
陛下が笑顔で促して下さった。遠慮なくそうさせて頂こう。
『踊りましょうか ダールイベック嬢』
「はい ご一緒させて頂きます」
スイーリの手を取りホールの中央へ向かう。メヌエットが流れ始めた。
『驚いたよ どこにいるかとずっと探していた』
「ごめんなさい ご心配をおかけしました」
『謝ることはないよ』
スイーリがこのような計画を立てるはずがないからな。陛下にまた無茶を言われたのだろう。
『似合っている この色にしてよかった 誰よりも綺麗だよスイーリ』
「ありがとうございます」
落ち着いているみたいだな。足取りもしっかりしている。こんな大舞台だというのに頼もしい。
曲が終わり向かい合って礼をした。周囲から割れんばかりの拍手が起こる。
拍手の中を陛下と殿下が進んできた。次はお二人のダンスだ。
と思っていたのに、陛下はスイーリの前に手を差し出した。
「私とも一曲どうだ?踊って頂けるかな?」
「大変光栄でございます 陛下」
え?
そうなのか?と言うことは私は―
ニッコリ微笑みながら私を見ている王妃殿下に向かって礼をした。
『一曲お相手させて頂けますか?』
「ええ 喜んで」
次の曲を母上と踊る。ホールの中で踊っているのは二組だけだ。
「ふふ 驚いた?私達からの贈り物よ あなたを驚かせようと計画したの」
まさかお二人が共犯だったとは。
『はい 大変驚きました』
「あのティアラはドレスによく合っているでしょう?」
言われて初めて気がついた。今夜スイーリを飾っているティアラは多分ガーネットだ。ドレスの装飾にも使われている宝石・・・そんなに前から計画していたのか。
『はい あのティアラは初めて見ました』
「ふふ そうよね あれは私が成人した時初めて付けたものなの パルードから唯一持ってきたティアラなのよ」
『そうでしたか 殿下の思い出の品をお貸し下さりありがとうございました』
「ええ 私達の娘になる大切な子ですもの」
お二人がスイーリを大事に思ってくれていることが有難い。王妃殿下が手ずからティアラを授け、陛下がダンスを踊った。これ以上の祝福はない。誰もスイーリに異を唱えることなど出来ないだろう。
『ありがとうございました』
二曲目のメヌエットを踊り終えた。
「レオと踊れて嬉しかったわ」
三曲目以降は夜会の参加達も加わる。次は陛下と殿下がご一緒するようだ。
『スイーリ もう一曲どう?』
「嬉しいです よろしくお願い致します」
まだ放したくないんだ。ずっと側にいてほしいんだよ。




