表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
287/445

[287]

「王太子殿下ご入場でございます」


スイーリの前で跪き、結婚を願い出たあの日以来のメインホール。今ここにはあの日の面影はない。カーテンは引かれ、シャンデリアには灯りが灯っている。軽やかな音楽が奏でられ、多くの人が思い思いに語っていた。


後ろで大きな扉が閉まる音がした。

一瞬で広いホールが静まり返る。皆が一斉にこちらを向いた。数歩進み、一段降りたところで足を止めた。


『本日は長時間のご参加ありがとうございました 多くの祝いの言葉に感謝します 今宵はお楽しみください』

ホール中から拍手が沸き起こっている間、ゆっくりと視線を走らせた。スイーリはどこにいる?


なかなか見つけることが出来ずにいると、すぐ近くにいたベンヤミンとソフィアが声をかけてきた。

「おめでとうございます殿下 どうぞ」

両手に持っていたグラスをひとつ渡された。


今夜は数種類のシードルが用意されている。この国ではほぼブドウが育たない為ワインは造られていない。その代わりふんだんに採れるりんごを使用したシードル造りは盛んだ。

それでもやはりワインの方が人気が高く、シードルはどちらかと言うと輸出されることの多い品だが、夜会初日は二人の公爵夫人の案で、各地から選りすぐりのシードルが集められた。


『ありがとうノシュール卿』

今夜の二人は爽やかな若草色の衣装を着ている。先日の黒いドレスも似合っていたが、ソフィアには今日のような柔らかい色が特に似合うな。


「スイーリを探しているのか?」

ベンヤミンが小声で囁いた。

『ああ どこにいる?』


「私共もお会いしていないのです まだお見えになっていらっしゃらないのかしら」

そんなはずはない、と言おうとしたところで背後から高い声が聞こえた。


「お話しに加えて頂いてもよろしくて?」

ソフィアを輪の外へ追い出すように割って入ってきたのはジェネットだった。見てわからないのか?どう見たってソフィアはベンヤミンと揃いのドレスを着ているだろう。

初対面だった晩餐時はまるで別人のようだったから、公式の場ではまた持参した猫の皮でも被るのだろうと思っていたのに、どうやらもう本性を隠すつもりはないらしい。


『ああ 紹介しよう 私の友人のノシュール卿とボレーリン嬢だ

 こちらはグリコスのジェネット王女殿下だ』

「よろしく ノシュール卿」

あからさまにソフィアを無視するジェネットに呆れていると、ベンヤミンは気分を害するどころか愛想よく話しかけた。


「初めまして ジェネット殿下とお呼びしても?」

「ええ もちろん構わないわ レオ殿下のご友人なのですもの」


「おめでとうございますレオ殿下」

「私達もご一緒してよろしいですか?」

フォンティーブ、ジャルーノ、アネーネルの公女達だ。


『三人にも紹介する 友人のノシュール卿とボレーリン嬢  そしてダールイベック卿 コンティオーラ卿だ』

いつの間にか隣に来ていたアレクシー達のことも紹介する。

『こちらはフォンティーブのステラ公女 ジャルーノのカタリーナ公女 アネーネルのケリー公女だ』


「まあ ダールイベックの方なのね」

「ダールイベックのお城も素晴らしかったですわ」

「ええ 城下も美しい町ですわね 最初はあの町が王都だと思ってしまいましたの」

ダールイベックの名は偉大だな。三人の公女はアレクシーに任せておけそうだ。



視線を感じて振り返った先にいたのはルトナ王女だ。じっと動かずにこちらを見ている。ベンヤミンが私の視線の先を追うと、今度も愛想よくそちらへ近づいて行った。

〈ルトナ殿下もこちらにいらっしゃいませんか?〉

ホベック語で話しかけている。ルトナは顔を赤くして暫く迷っている様子だったが、ベンヤミンの後から静々と近寄ってきた。


『ルトナ王女と面識が?』

「昼餐の時少し話をさせて頂きました ホベック語でほぼ問題なく会話が楽しめました 殿下もホベック語が堪能だと申し上げましたら大変驚かれておりましたよ」

だろうな・・・



《ルトナ王女 楽しんで頂けていますか?》

本人に知られたのならば隠しておく必要もない。ホベック語で話しかけた。

〈本当にホベック語をお話しになるのですね 嘘だと思いたかったわ〉

面倒だったので、精一杯の愛想を浮かべて返事の代わりにした。



それにしてもスイーリはどこだ?もしかして誰かに捉まっているのか?くそ、誰だ。


『挨拶に周ってくる

 少し失礼します 皆さんはこのままお楽しみを』

ベンヤミンやアレクシー達をその場に残して移動した。



「殿下おめでとうございます 素晴らしい叙任式でしたな」

ベーレングの王太子と雑談を交わしていたボレーリン侯爵だ。

「おめでとうごさいますレオ殿下」

『ありがとうございます』


「殿下も一度ベーレングへお越しください 歓迎致します」

『ありがとうございます 是非そのうち』

来年行こうと思っている、と言うことは今は言わない方がいいな。



そういやフレッドや伯父上達の姿も見えないな。フレッドはアンナと会えているだろうか?

辺りを見回しながら少しずつ移動する。


「おめでとうございます殿下」

『ありがとうアルムグレイン伯爵』

「殿下 我が領の職人をお引き立て下さり誠にありがとうございました」

貝ビーズの加工を任せているサディークは、アルムグレイン領のものだ。クリスマスマーケットで出会ったサディークの友人、ガラスビーズ職人のバルトシュも、アルムグレイン出身で今は王都に工房を構えている。


『アルムグレインには優れた職人が多くいるのだな』

「サディークに続けとばかりに 職人達が大変活気に溢れております」

『素晴らしいことだ 来年訪問する楽しみが増えたよ』

「お待ちしております ご紹介したい職人が多く選定に苦労しているところでございます」

『全て会うよ 期待している』

選びきれないほど優れたものがいる、伯爵が上手く領を治めている証拠だろうな。職人は横のつながりが強い。良い環境の整った地へ人が流れるのは自然なことだ。



「レオ殿下 おめでとうございます 素晴らしい叙任式でしたね」

『クラウディオ殿下 ご参列ありがとうございました』

メルトルッカの王子殿下、今回最も個人的に親しくなりたいと思っている相手だ。


「目にするものひとつひとつに感動しています この国は強く 美しく そして温かい」

『嬉しいお言葉に感謝します』

「私達は殿下の留学を大変心待ちにしていました 先にこうしてお会いする機会が巡って来るとは」

王都に到着された日にも聞かせて頂いたが、メルトルッカの王族がここまでステファンマルクに友好的だとは知らなかった。


『私の方こそ留学前にクラウディオ殿下と知り合う機会に恵まれたことを感謝しています』

「私のことはどうぞクラウドと呼んでください」

『ありがとうクラウド 私のこともレオと』

「私達はよい友人になれる気がします ねっレオ」

『ええ』


最初の印象通りの方のようだ。

常に微笑みを浮かべ、穏やかで優雅。私からすると彼こそが典型的な王子像のように思う。



その後も何人かと挨拶を交わしながら、ホールの中を周った。スイーリがまだ見つからない。


会話が途切れたのを見計らって、ロニーが後ろからそっと囁いた。

「陛下と王妃殿下が入場なさいます こちらへ」

『わかった』

おかしいな、そんなに端の方にいるはずはないのだが、一体誰といるんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ