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霊廟から戻り、そのまま昼餐会の催される本宮ホールへ向かった。
祝祭期間、今日以降の全ての行事に高位貴族は原則全て参加が求められる。それ以外の貴族には参加が割り振られているそうだ。
だがスイーリには今日の昼餐は欠席して構わないと伝えてある。
今夜スイーリは最も注目を浴びることになるからな。昼から緊張の連続では身が持たないだろう。
今のうちにゆっくりしておけばいい。食事は済んだだろうか、少しでも気分よく過ごせているといいのだが。
ホールに近づくと、賑やかなざわめきが聞こえてきた。霊廟で不思議な話を聞かされた後だっただけに、このざわめきが何とも言えず心地よかった。
案内された席に座ると、会話のできる距離にデニスがいた。心強いな。デニスがいれば私も殺し屋と指を指されずに済みそうだ。
グラスにシャンパンが注がれる。皆に行き届いた頃合いでグラスを取り立ち上がった。
『歴代の王への挨拶も無事済ませることが出来ました 私の王太子叙任を見届けて頂いたことを感謝します 今日はこれ以上長い挨拶は不要でしょう 乾杯』
「「乾杯」」
多数のものが一斉に笑い出した。そうだよな、大司教の話は長すぎたよな、今日中に話し終わるのかと心配になったくらいだ。
ホベック語が聞こえてきた。デニスの隣に座っているのはホベックの王太子妃だったか。デニスはホベック語が堪能だからな。
〈王太子殿下とはお話しになりましたか?殿下は大変美しいホベック語をお話しになりますよ〉
〈まあ!ホベックの言葉を学んで頂けたのですね 国王陛下が聞いたら大層お喜びになることでしょう とても良い土産が出来ましたわ〉
美しく微笑んでもらえたので、こちらからも先ず笑顔をお返しする。会話は自分の隣が先だ。
私の右隣はグリコスの王太子妃、クララ妃殿下だ。ジェネット王女ではなかった分マシなのだが、正直に言って今グリコスにはあまりいい印象がない。
『叙任式へのご参列ありがとうございました』
とりあえず今日の礼はしておこう。
「厳かで素晴らしい式でございました ステファンマルクの聖堂は一度訪れてみたいと思っていた場所です 噂で聞いておりましたより遥かに荘厳な印象を受けましたわ」
『お褒めに与り光栄でございます』
あの聖堂は他国にも知られているのか、国の中にいては気がつかないことだったな。
「このような大国の王太子になられるのは重責でございましょう」
『はい 確かに重責だと受け止めています しかしそれに国の大小は関係ないかと』
あなたの夫も王太子だからな。いずれ背負うものは私も彼も同じだ。
「お若いのに殊の外思慮深い方なのですね でもやはりお一人では何かと大変でございましょうに」
ふーん、何を言いたいのかわかった。
『お手を止めてしまい失礼致しました どうぞお召し上がりください』
グラスの残りを飲み干して静かにそれを置いた。
反対の隣に視線を移す。えっと・・・トゥロピコスの大公妃、だったな?後ろに控えているのは通訳か。トゥロピコスはパルードの隣国だからパルード語なら通じるだろうか?
《叙任式へのご参列ありがとうございました》
〈まあパルード語を!ありがとうございます
下がってよろしいわ 殿下とは直接お話し致します〉
通訳を下がらせて、満面の笑みを浮かべておられる。
そうだよな、言葉のわからない国に来て、さあここで飯を食えと言われても気が重いよな。
今日はホベック王太子妃の隣にデニスを座らせたりと、配慮はしているようだ。それならば私の隣にいる妃殿下とパルード語で話しても問題ないな。
《トゥロピコスではパルード語を話す方も多いのですか?》
〈ええ トゥロピコス語はほぼパルード語なのです そうですね・・・きっとステファンマルクで言うと地方訛りくらいの違いだと思いますわ〉
《そうでしたか それでは私がトゥロピコスを訪れても会話には困らずに済みそうですね》
〈レオ殿下のパルード語の発音はパルード人と全く変わりがありません お顔を拝見していなければパルードの方と話しているかのようです〉
《お褒め頂きありがとうございます》
そこで妃殿下はあっ!と小さく声を上げた。
〈嫌だわ私ったら 失礼なことを申し上げました パルードの黒鳥姫がお母様でいらっしゃいますのに そのような方にパルード語がお上手だなんて・・・本当にごめんなさい〉
いや謝ってもらうことなど何もなかったぞ。それより母上のその呼び名は、他国にまで知れ渡っていたのか。そっちの方が驚きだ。
《とんでもありません 私は生まれも育ちもステファンマルクですから パルード語は学んで習得しました 褒めて頂けて嬉しかったです》
〈ありがとうございます お優しい方〉
こうして一堂に会する正餐はこれが最後だ。祝祭は五日続くが、後は夜会がメインになるらしい。
なんだか今無性に、クリスマスマーケットで食べた串焼きが懐かしくなった。旨そうに頬張るスイーリはたまらなく可愛いんだよな。
スイーリの良いところはいくつだって挙げられる自信があるが、そんな気さくな振る舞いは特に愛おしく思う。
スイーリ、早く貴女を皆に紹介したい。自慢したくてたまらないよ。




