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「オスカリ=ステファンマルク国王陛下

 イレネ=ステファンマルク王妃殿下のご嫡子

 レオ=ステファンマルク殿下の王太子宣明でございます」


大司教の長く有難い祝辞が終わり、ようやく宣明の時間が来た。

立ち上がった陛下が祭壇の中央まで進み出ると、付き従っていた官僚が恭しく両手で剣を差し出した。


祭壇の前で膝をつき、陛下から宝剣を授かる。そして肩にマントが掛けられた。今はたった三名だけの、成年王族が正装時に着用するマントだ。


「本日成年王族入りした嫡子レオが 我が国の正式な王太子になったことをここに宣明する」

陛下が高らかに宣言すると、地鳴りのような拍手が沸き起こった。


「王太子殿下万歳!」「ステファンマルク万歳!」

喝采の声が途切れることなく浴びせられる。祭壇では大司教が、笑顔で辛抱強く場が静まるのを待っていた。




「王太子レオ殿下 この佳き日が素晴らしい天候に恵まれましたことは神の思し召しでございましょう おめでとうございます この場に立ち会えましたことは誠に光栄でございます」

『王太子として 陛下をお支えし国の安寧のために尽くすことを約束します』

大司教への報告が終わった。


壇の上に大きめの真鍮のプレートが置かれている。そのプレートには私の生まれた日、一段下に今日の日付、そしてその横に王太子叙任と彫られていた。その下には白い紙が貼られている。

「レオ殿下 サインをお願い致します」

板の横に置いてある大きな羽根のついたペンを取り上げた。


二度も私のことをレオと呼んだ。アレクサンドル名は書かなくてよい、という意味だろう。

中央にレオ=ステファンマルクと書いてペンを置いた。

「ありがとうございました この通りに彫らせて頂きます」


聖堂の側廊には大変美しいステンドグラスがズラリと並んでいて、その下には横一列にこの真鍮のプレートが取り付けられている。今私がサインしたものが付けられる予定の場所の一つ隣は、陛下のプレートだ。サインの次の段に即位された日付が彫られている。そして、それより先のプレートには最後の一段、天に召された日が刻まれている。



ヨアヒム以下四名の騎士が中央を進んで来た。純白の騎士服は殊更聖堂の中で映えるな。古の時代に存在したと言う聖騎士はこんなイメージだったのだろうか。


聖堂を出た後は、鳶尾の騎士と共に騎馬で王宮内にある歴代国王の眠る霊廟へ向かう。


アレクシーとジェフリーが前を歩き、ゆっくりと出口へ進む。

再び大きな喝采が湧き上がった。

「王太子殿下万歳!」「王太子殿下万歳!」


反響して大きく鳴り響く拍手と喝采で空気が震えている。

スイーリ、スイーリはどこにいる?

最前列の側廊側はどちらも他国からの列席者だ。端から中央に向けて視線を動かしていく。右にはいないな。


左に視線を移した時、真っ先に目に入った。一番通路側、公爵の隣で輝くような笑顔の愛しい人が、こちらを見ながら拍手を送っていた。


清楚なシルバーグレーのドレス、襟元には初めてプレゼントしたライラックの髪飾りを、ブローチ代わりに留めている。大切にしてくれていたんだな、ありがとう。


私達がこうして向かい合うのはこれが最後だよスイーリ。次から貴女の場所は私の隣だ。


スイーリの前を通り過ぎた後も、左右に顔を向けながら進む。友人、同級生、恩師・・・ホベック語教師ビリーク先生の側には懐かしい双子の姿も見えた。二人とも随分と大きくなったな。

奥の方にいるあの白髪はレノーイだ。私に多くのものを与えてくれた恩人の一人、レノーイ。レノーイにも今日の姿を見せることが出来てよかった。どうだろう?私はレノーイに合格を貰える王太子になれたかな。



ロニーを見つけた。本宮侍従のトローゲン伯爵、夫人で本宮侍女長のレーナ、そして姉のオリヴィアと共に並んでいる。長年同じ場所で生活してきたと言うのに、トローゲンが勢ぞろいしているところを見たのは初めてだ。

ロニーが、オリヴィアが、レーナが、そして侍従が温かい拍手を送り続ける横を通り過ぎた。




出口に近いところまで進んだところで、リンドフォーシュ子爵と夫人の間にいるビルと目が合った。

最初はビルの養子入りに否定的で済まなかったな。今日この場にビルがいること、ビルに見せることが出来たことがとても嬉しい。リンドフォーシュ子爵には大変感謝しているよ。



扉の先にも大勢の人々が待っていた。待ちわびていた様子の、聖堂の中に入り切れなかった男爵家のもの達が、やはり拍手と喝采で出迎えてくれた。

「王太子殿下ー!」「王太子殿下万歳!!」


学園で知り合った上級生や下級生の顔もあった。



その人波は聖堂の外、前庭の先で騎士が馬を引いて並んでいる広場まで続いていた。

ここでは聖堂内よりもさらに時間をかけて進む。

幼い子供達がぴょんぴょん跳ねて人垣の間から顔を出そうとしている。それよりも幼い子は父親の肩に乗っているものもいる。肩の上で両手を振っている子供達は、十年後この光景を憶えているだろうか。


スイーリと通ったカフェの従業員も何人か目に留まった。皆拍手をしたり手を頭上高くで振ったりしている。

「王太子殿下万歳ー!」

大人達の喝采に混ざって、小さな子供達の細く可愛らしい声も聞こえてくる。

「おうじさまー!」「おうたいしさまおめでとー!」


これほど多くの人々が集って私の王太子叙任を祝ってくれている。どうやってそれに応えていけばいい?目標はある。でもそれはあくまで私の目標だ。皆は私に何を望んでいるのだろうな。


そんなことを思いながら進んだ先で私を待っていたのは、一際黒く輝く美しい一頭の馬だ。

ダールイベック家から贈られた百二十一頭の馬の中で、唯一の青鹿毛。この馬は私個人に贈られたものだった。

珍しいヌメ革の鞍が付けられている。まだ真新しいその鞍が、始まりの日を表しているような気分になった。


『名前は?』

すぐ隣にいたアレクシーに聞いてみる。


「まだ付いておりません 授けてやって頂けますか?」

『わかった


 ・・・

 ウシュタヴァ

 どうだ?お前の名だ ウシュタヴァ』

話しかけながら首を撫でてやる。穏やかな馬だ。警戒することもなく、じっとされるがままに立っている。


「気に入ったようでございますね いい名です」

『よし では行こうか

 乗せてくれるか?ウシュタヴァ』

もう一度撫でてから鐙に足をかけた。嫌がる素振りもない。一年前に見たからわかる。お前は私を乗せるために、ずっと訓練してきたのだろう?ありがとな。


ここには全頭は来ていない。ざっと四十くらいか。

騎士達も全員騎乗した。ここから王宮までの道を進んで行く。


人の群れは王宮の門まで続いていた。


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