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風呂に入り汗を流し、朝食を済ませた。

シャツを着替えてボタンを留める。カフスにはスイーリから贈られたボタンを付けた。それからぎっしりと銀糸で埋め尽くされたウエストコートのボタンをひとつずつ留めていく。


「ビルさん お上着をお願いします」

ロニーがビルに上着を任せている。上着を持ち上げたビルが「わっ」と小さく声を上げた。

それをニヤニヤ眺めているとは、ロニーも意地が悪いな。


「レオ様は正装をお召しの日 機嫌が悪いのですよ この重さですからね」

私に聞こえるよう、ビルにひそひそと話をしている。


『そんなことはないからなビル たまに重いとこぼす程度だ』

ビルはと言うと「はい 非常に納得しました」と笑っていた。


ロニーが黒い革張りの箱を開けた。これをつけるのは二度目だな。今日は正当な持ち主としてこれと向き合うことが出来る。

クラヴァットを結び、ロニーがピンを留めた。


「おめでとうございます レオ殿下 大変お似合いです」

『今日までありがとうロニー 私はロニーの望む王太子に近づけているだろうか』

「レオ様の従者であることが 私の誇りでございます」

ロニーの支えなしではここまで来られなかった。私の方こそ、ロニーのような従者と出会えたことが誇りだ。



「おめでとうございますレオ様」

『ありがとうビル これからも支えてほしい 頼りにしている』

「有難いお言葉を感謝致します」

新たにビルと言う頼もしい存在も加わった。私は人に恵まれている。



扉を開けた先には、白い騎士服に身を包んだ四人の騎士が並んでいた。

ヨアヒムが代表して一歩進み出る。

「おめでとうございます殿下 護衛につかせて頂きます」

『マッケーラ卿 ハルヴァリー卿今まで世話になったな

 今日から改めて護衛を任せる

 コンティオーラ卿 ダールイベック卿もよろしく頼む』


「仰せのままに」

「騎士になり九年 望外の栄誉でございます」

ヨアヒムとゲイルの後に、ジェフリーとアレクシーも最敬礼を持って答えた。


『行こう』


今日は最初に彼らの任命式が行われる。専任騎士の任命だ。

本宮までは歩いて数分の距離ではあるが、今日は正門で馬車が待っている。馬車にはロニーとビルと共に乗り込む。四名の騎士は美しい毛並みの黒鹿毛に騎乗した。


もう到着していたのか。百二十頭並んだ姿はさぞかし圧巻だっただろう。

その様子を思い浮かべているうちに馬車は本宮の正門前にたどり着いた。


馬車を降りたところには、本宮所属の騎士が並んでいた。

「おはようございます 殿下本日は誠におめでとうございます」

『うん ありがとう』



任命式が行われるのは、先日アレクシー達の叙任式があった通称・春の間だ。何故その名前で呼ばれるようになったのか、誰が名付けたのかはわからないが、主に騎士の儀式に使われる場所だ。

騎士と春・・・あまり結びつかないよな。まあそれはいい。


ここからヨアヒム達とは別行動だ。私は出迎えの本宮騎士と共に先ずは控え室に入る。四名の騎士は、本宮の騎士に先導されてまっすぐに春の間へ向かった。


控え室には、将軍ダールイベック公爵以下第二騎士団団長、副団長、そして陛下が既に待っておられた。

『お待たせしてしまいました 申し訳ございません』

陛下まで先に来られているとは思わず、冷や汗が出た。


「成人した我が息子の姿をいち早く見たくてな 少しばかり気が急いだ」

「殿下 陛下は我々よりも先にお見えになっておりました」

公爵が苦笑を浮かべながら教えてくれた。日頃からせっかちの代名詞のような陛下が'気が急いだ'とは、一体どれほど早くから来ていたのだ・・・恐ろしくて聞けないな。


「殿下 おめでとうございます」「おめでとうございます」

『ありがとう』


「まあ座れ」

ちょいちょいと手招きする陛下の向かいの椅子に腰を下ろした。



「―地味だな」

まじまじと見られていたので何を仰るのかと構えていたら、想定外の言葉が出てきた。

地味と言われたのは初めてだ。褒められていないことはわかる。でも何て返せばいいんだ?


「だから白い正装にしろと言ったのだ お前がそんなだから私が白を着る羽目になったではないか」

目の前の陛下は白い正装をお召しだ。嫌なのか?お似合いだけれどな。

『王妃殿下は 陛下のお召しになる白い正装がとてもお好きだと仰っていました』


「そうか イレネが」

陛下も単純だよな、母上が褒めていたと言った途端これだ。顔中に満足と書いて貼りつけてある。


ダールイベック公が小さく震える拳を口元に当てている。団長とヴィルホはというと口を真一文字に結び、鼻をヒクつかせていた。


ゴホンと一度咳払いをした公爵が座り直す。

「失礼致しました こうしているとお二人も普通の親子でございますな」

三人は笑みと言うには崩れ過ぎな笑顔で、陛下と私を代わる代わる見ている。


陛下はすっかりご機嫌だ。失笑を買っていることも全く気にかけていないようだ。私は事実を言っただけだ。陛下が気になさらないのなら何も問題はないな。



騎士が一人入ってきた。そろそろ時間のようだ。

「準備が整いました」


「参りましょう」

ヴィルホを先頭に騎士団トップ達が、春の間へ入る。

「お前は最後だ」

続いて陛下が入られた。その後に続くと、後ろで静かに扉が閉められた。


私室の前で並んでいた時のように、四名の騎士が横一列に並んでいる。

任命式などと大層に言ってはいるものの、参列者の人数からわかるように、とても簡素な式だ。


「ただ今より 王太子レオ殿下専任近衛騎士の任命を行う

 ヨアヒム=マッケーラ卿」

ヴィルホに名を呼ばれたヨアヒムが、前へ進み出た。


専任騎士の徽章を手渡す。ヨアヒムの胸には既に二つの徽章が付けられている。一つは第二騎士団正規騎士である証の団章。もう一つは特別任務騎士の徽章だ。


続いて名前を呼ばれたのはゲイルだ。ゲイルの胸にもやはり二つの徽章がある。団章と小隊長の徽章だ。


ジェフリーとアレクシーの胸には一つずつ。

そこにそれぞれが三つ目、二つ目の徽章を胸に付けた。


「今この瞬間よりここに並ぶ四名はレオ殿下の騎士となった いついかなる時も殿下の御身を最優先に行動することを心に留めよ 例外はない 卿らの行動は全てが殿下のお命をお守りするためにあることを肝に銘じよ」

叙任式の、新人を鼓舞する言葉とは全く別物の重い言葉が将軍から贈られた。


犯罪など全く縁のない国だ、とは言わない。けれど、護衛の必要を感じた経験は一度もなかった。そしてそれはこの先も変わらない、と思っていた。

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