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あくる日。
ジャルーノ、アネーネルとベーレングが一時間ほどの差をつけて到着した。
ジャルーノ公国とアネーネル公国、これに昨日到着したフォンティーブ公国。
この三国を合わせてエテーラ海三公国と呼ばれている。三国ともこの国の王都にすっぽり収まるほどの小さな島国だ。
公国の公子達はステファンマルクの学園へ留学に来るものも珍しくはないようで、その多くはダールイベック校に来ていると聞く。私が学園に在籍していた三年間、本校に公国からの留学生はいなかった。
ちなみに三国とも公用語はステファンマルク語だ。会話に困る心配はない。
ベーレングは近くて遠い隣国だ。
今回ベーレングからの招待客が海を周って来たことからもわかるように、陸路ではあまりに遠い。なにせボレーリン領の更に南東なのだから。
しかしボレーリンの人々にとっては、最も身近な隣国に違いない。そうだ、ボレーリンのことならビルが詳しいよな、もっと話を聞いておけばよかった。
昼餐のために本宮へ向かう。その道すがらビルから少しだけ話を聞くことができた。
『ビルはベーレングに行ったことがあるのか?』
「はい 国境の町同士は交流が盛んですので ボレーリン領のものは気軽に行き来しています」
『そうなんだ』
私もボレーリン領を訪問する際に、国境の向こう側へ行くことは出来るだろうか。
難しいだろうな。王都の下町へ行くのとはわけが違う。
・・・いや不可能でもないよな。せっかく目の前にその機会があるんだ。
ベーレングか、考えてみよう。ベンヤミンに話せば乗って来るに違いない。
本宮に着くと、まず陛下の執務室へ向かった。
『昼はジャルーノ アネーネルとベーレングだけですか?』
「いや ノシュールからもまとめて到着した」
ノシュールの港からの船が、次々に到着しているそうだ。これは昨夜よりかなり規模の大きい昼餐になりそうだ。
陛下、王妃殿下と共に昼餐のホールに入った。既に多くのものが席に着いていた。見知った顔だと両公爵夫妻と、ボレーリン侯爵、クルーム子爵夫妻の姿も見える。昨日到着したグリコスとフォンティーブも参加していた。
指示された席に座る。隣はベーレング王太子妃、反対の隣はドイリーンの第三王女とのことだ。
『お待たせ致しました お越し頂きありがとうございます レオです』
最初にベーレングの王太子妃に挨拶をする。今回来ているかはわからないが、確か王太子夫妻には私と年が近い王子がいたはずだ。
「ご招待に与り感謝申し上げます この度はおめでとうございますレオ殿下」
訛りのない美しいステファンマルク語だ。
『ありがとうございます ステファンマルクは初めてでいらっしゃいますか?』
これは探りを入れているわけではない。本当だ。
「ボレーリンは何度か訪問したことがございますの 王都は初めてです 大きくて圧倒されました」
いいことを聞いた。王族も気軽に国境を超えることが出来そうだ。
『今はいい季節です ステファンマルクの夏をお楽しみいただければと思います』
「ええ ありがとうございます」
次はドイリーンの王女だな。
『遠路お越し下さりありがとうございました』
王女の後ろに控えていた男が耳元で囁いている。王女はステファンマルク語がわからないらしい。
〈ああどうしましょうクオン こんなに素敵な方だなんて思ってなかったわ〉
両頬を押さえ早口で通訳らしき男に話しているが、ほぼ聞き取れる。限りなくホベック語に近い言葉だ。
「ハジメマシテ ドイリーン第三王女ルトナ ト申シマス ココハトテモ美シイ国デスネ」
吹き出しそうになった。一文字も通訳になっていない。なんて返せばいいんだよ。
『ありがとうございます 冬の寒さは厳しいですが今はいい季節です ステファンマルクの自然も是非お楽しみ下さいませ』
ドイリーンはパルードよりもさらに南の国だ。夏の暑さは相当なものだろう。無難すぎるが季節の話題を返した。さあクオン、これをどう訳すんだ?きっちり聞かせてもらうからな。
〈ありがとうルトナ姫 あなたこそ大変美しい 今日あなたに会えたことを私は神に感謝したい〉
おい待て。
立ち上がり胸倉を掴んでやりたいところだがクオン、ここが非公式の場でなくてよかったな。
王女はと言うと真っ赤な顔をしている。完全に誤解している顔だ。
『クオン卿 悪ふざけも大概にして頂きたい ここが公式の場であることをお忘れか』
王女は、私の視線が自分の背後に固定されていることを訝しがっている。
男は状況がまだわからないようだ。察しの悪いやつだな。
『自国の王女に恥をかかせるつもりか?』
周囲に聞こえないよう小声で男に伝えた。
ようやく理解したようで、顔を青くしたかと思えば沸騰したように赤くなったりと忙しない。
『正しく通訳する気がないのなら退出頂いて構わない』
慌てたように王女に何か告げている。もういい、相手をするのも面倒くさい。
しかしこのクオンという男が何者かは調べておいた方がよさそうだ。何のためにこの場であんな大嘘を吐いたんだ?
連れて来た通訳も大概だが、王女も王女だ。顔を見るなり品定めとはな。国の代表が聞いて呆れる。
いくつもの視線を感じて改めて見渡すと、何人も目が合った。目が合うたびに慌てたように逸らされる。
王女が多いことは昨日の晩餐の時に気がついていた。この昼餐を見る限り、今日到着した国の中にも世代の近い男は一人もいない。
それでか・・・私に招待客のリストを見せようとしなかったのは。
ある程度の予想はしていた。今が平和な時代だからとは言っても、他国との結びつきをより強固にと考える国は少なくない。婚姻は最も手っ取り早い方法だからな。
それにしても露骨すぎるだろう・・・。おまけにおかしな通訳までいる始末だ。私があの国の言葉を全く理解できていなかったら、後々面倒なことになっていたに違いない。用心しよう。イカれたやつはあいつ一人とは限らないからな。




