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今日は白い式服を着ろと陛下からお達しがあった。持っていないと返事を返したところ、非常に渋い顔をされたとビルが苦笑していた。まあ嘘ではない、唯一のあれは今裁縫師の手元にあるからな。
「レオ様 こちらでいかがでしょうか」
ロニーが用意していたのは、ベージュの式服だ。銀糸と黒の刺繍が入ったもので、私の式服の中では多分これが一番明るい色なのだろう。
『うん これで行く』
着替えをしている最中に、ロニーが持ち掛けた話はあまり気が乗らなかった。
「今後のためにも白い式服を何着かご用意した方がよろしいのではありませんか?」
『そうだな・・・』
「次もご用意出来ないとなりますと 私もビルさんも叱られてしまいます」
ロニーが早くも最終兵器を出してきた。それを言われたら私が抵抗できないと知った上でだ。
『わかった・・・最初に裁縫室に寄る でも今日はスイーリの式服の依頼が先だ』
「かしこまりました 私の方で話を進めておきましょうか」
『・・・うん』
信用ないな。もう私も子供ではないんだ。一度縦に振った首を横に振りはしないよ。
裁縫師はスイーリの刺繍した布地を見て驚嘆した。最初はどの仕立屋の作品かと興味をそそられていたくらいだ。
「貴族のご令嬢でここまでの腕をお持ちの方がいらっしゃるとは」
「ここの裁縫師と比べましてもトップクラスの技術でございます」
『数日しかなくて済まないが なんとか間に合わせてほしい』
スイーリが用意したドレスの中に、これと同じ布地を使ったドレスがあったことを裁縫師達も記憶しているようだ。
「はい お任せ下さいませ 丁寧に仕上げさせていただきます 二日目にはお召できるように間に合わせますので ご安心下さいませ」
何とも頼もしい。ここのところ無理をさせてばかりの裁縫室のもの達にも、礼を考えておかなくてはならないな。
「殿下 ロニー様より新しい式服のご依頼を頂戴致しました こちらの生地はいかがでしょうか」
何枚かの白い生地が目の前に広げられる。少しずつは違うようだが、正直に言ってよくわからない。
『うん 任せる』
「それではこちらの最も格調の高いものには銀糸を用いて仕上げましょう 正装としてもお召いただけるものをお仕立て致します」
「こちらは 織りを生かした装飾に致しましょう 式服でございますので銀糸は使用したいと思いますが―」
一斉に生き生きと説明を始めた。いや、私も嫌々仕事をさせるよりはこうして楽しそうに引き受けてくれる方が遥かに嬉しい。それは違いないが、それにしてもこの漲るやる気は一体・・・。
「長年殿下に白地の礼装をお召し頂くことが 私共の夢でございましたので 少々張り切り過ぎな面はご容赦下さいませ」
一人の裁縫師が、苦笑しながらも皆の心情を代弁するかのように説明をしてくれた。
「今お預かりしている式服の時も歓声が上がったのでございます」
理由はさっぱりわからないが、そう言えば学園の舞踏会用の式服を依頼した時も「ようやく!」と言われたな。あの時はなんのことかわからなかったが、そう言うことだったのか。
『白い方はゆっくりで構わないよ 叙任式後は視察でひと月近く王都を空けるんだ』
「承知致しました お時間を頂戴する分 より良いものをお仕立て致しますのでご期待下さいませ」
裁縫師達の目がキラリと光ったような気がして、思わず身震いした。
『ああ 邪魔をしたね よろしく頼むよ』
もう行こう。これ以上の長居はなんだかよくないことが起こるような気がする。
そのまま控え室に向かった。
まだ陛下も王妃殿下もいらしていない。遅れなくてよかった。
ロニーの淹れた茶で一息ついていると、殿下がお見えになった。
「ふふ レオはいつも早いわね」
『お待ちしておりました』
「聞いたわ 白い式服を持っていないのですって?ふふ 確か陛下は正装を白にするよう仰っていたはずだけれど」
そんな前のことまで憶えておられるのか。いや、陛下はそんなことまで話しているのか?
『申し訳ありません 正装は黒にしました』
「陛下は白い正装がとてもお似合いだったわ あなたにも似合うはずよ いつか見せてちょうだいね」
『はい・・・』
まさに今日、つい今しがた裁縫室に寄ってきました、と言うのがなんだか悔しくてそのことは伝えなかった。
「楽しそうだな」
陛下がお見えになった。陛下は殿下と揃いの紺色の式服を着ている。
『お待ちしておりました』
「まだ早いだろう 私にも茶を淹れてくれ」
三人で茶を飲み一息つく。
「夕方グリコスとフォンティーブが到着する ジャルーノとアネーネル、ベーレングは明日の午前だそうだ 午後にはパルードも着くだろう」
グリコス、フォンティーブ、ジャルーノにアネーネル。何れも近隣国で、グリコス以外は友好国だ。これらの国はダールイベックの港を経由して王都へ向かってくる。到着の調整を担っているのはダールイベック公爵の実弟、マルムベルグ卿だ。卿は全ての招待国が港を発ったことを見届けてから王都に向かうのだろう。
『ベーレングも港からですか』
ボレーリン領の南東、唯一陸の国境線を越えた先にあるのがベーレングだ。
陸続きとは言っても海を周ってくる方が、何かと都合がよいことはまあわかる。驚くことではない。
「晩餐にスイーリを呼んでやることが出来ればよかったのだが 許せ」
『いえ承知しております お心遣い感謝致します』
スイーリは正式な婚約者だから、本当ならば晩餐に参加する権利はある。公表できない王家の都合でその機会を奪っていることを済まなく思う。
「まだ国内でのお披露目も済んでいないのですもの 一度に全てはスイーリも荷が重いわ
それでも三日後には公表よ レオ覚悟は出来ていて?あなたがしっかり守ってあげなくてはいけないわよ」
『はい』
ステファンマルクの中で、スイーリに異を唱えるものが出るはずがない。唱えたところで耳を貸す必要もないがな。
「そろそろ時間だな
レオ 謁見の間は初めてだな 今日はお前のための謁見だ 気を抜くな」
『はい 心得ております』




