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いつもより1時間以上早く目が覚めてしまった。2度寝したかったが今朝の私は決してそれを許さないらしい。


『よし!こんな時は身体を動かすに限るな』


急いで着替えて鍛錬場へ向かった。


まだ誰もいない。随行していた夜間の護衛騎士が急いで灯りをつけて廻っている。


『早くから悪いね』


「いえ!私もこうして動いている方が楽ですので」


まずは走る。余計なことを考えないように自分の歩数を数えながら。

15,000を超えたところで止まる。ー走っている間に何人か来ていたようだ。


「「「殿下 お早うございます」」」


『ーおはよう』


息を整えつつ応える。


模擬剣を取りに行こうとして護衛の騎士を振り返った。


『少しの間付き合ってもらえるかな』


私が相手ではやりにくいことは承知している。でも今は何でもいいから身体を動かし続けたかった。


「僭越ながらお相手勤めさせていただきます」


一合、二合切り結ぶ。騎士の目つきが変わる気配がした。三合、四合・・・


「そこまで!」


ヴィルホのよく通る声が響いた。


『ありがとう』


剣を下ろして騎士に礼を言う。


「得難き体験をさせていただけました」


騎士も僅かに息を弾ませ笑みを浮かべていた。


改めてヴィルホへ挨拶を向ける。


『お早う!ヴィルホ』


「お早うございます殿下。殿下今朝は何時からこちらへ?」


何やら非難めいたように聞こえる。気のせいだとは思うけれど。


『少し早く目が覚めてしまってーついさっき来たところだよ』


'つい'や'さっき'はいい言葉だ。人によって感覚が違う。だから私は嘘を言っていない。


「ロニーが慌てておりましたよ」


そういうことか。ロニーが大事にしかけた犯人だったんだな。


『慣れているはずさ』


「・・・それもそうですね」


『さ!今朝もよろしくお願いします先生!』


そこから1時間、さらにたっぷりと汗をかいた。




「おはようございます、 殿下」

『おはようロニー』


鍛錬場を出ると従者が待っていた。勝手に早く目が覚めて勝手に起き出しただけなのだ。全く気にする必要などないのに、顔には大きく[申し訳ありません]と書いてある。


『ロニ、 昼休憩の間に行きたいところがあるんだ。今日の昼食は軽いものを部屋に用意してもらえるかな』


「かしこまりました それでどちらへ?」


『庭師長に会いたいんだ。その時間どこにいるかも調べておいてほしい』


「庭師長ですね、かしこまりました」


訓練場を出たら薄っすらと雪が積もっていた。凍空から深々と降り注ぐ雪。とうとう積もったかーこれから長い冬の間嫌と言うほど見続けることになる雪だけれど、こんな始まりの日は少しだけ厳かな気持ちになる。


『根雪になるかな』


「そうなりそうですね」


ぶるっと震えが来た。


「急いで戻りましょう。湯を少し熱めにご用意致します」


『うん』


長い1日は始まったばかりだ。早く過ぎてほしいような、もう少しゆっくり流れてほしいと思うような。そんな私の気持ちなど全く関係なく、1日はいつもと何ら変わることなく暮れていった。




----------

『ごめん!今日も先に失礼するよ』


「あーそうなのね」


振り返ることなく去っていく。その場には声をかける間もなく残された3人が。


「じゃー俺たちもたまには早く帰る?」


「そうしようか」


侍女らが支度を始める前に、今日はこのまま帰ることを3人は告げた。


「二日連続とは」


「何かあったのかな?」


自分たちに知らされていないだけで、王宮で問題が生じているのかもしれない。デニスとベンヤミンの父は宰相を務めてはいるが、全てを子供に聞かせてくれるわけではないことも2人は充分に理解している。


「まあ話せる時が来れば、レオの方から話してくれるだろう」


「そうだね」



そうして彼らが帰途に着いたのと入れ替わるように登城してきたのがスイーリだ。


「先程出迎えて参りました。今は読書室にてお待ちでございます」


ロニーには昼休憩のときに全てを話した。登城したスイーリを読書室へ案内してくれたようだ。


『ありがとう』


「このまま向かわれますか?」


『いやー温室へ案内してきてほしい』


「かしこまりました。では殿下のお荷物はこちらへ」


勉強道具の入った鞄をロニー任せて1人階段を降りる。

途中庭師長に頼んでいたものを受け取り、温室に入った。


事前に頼んでおいたおかげで、温室の中は明るく照らされている。ここまで照らすと外から丸見えのように思われるが、外の明かりと生い茂る木々のおかげで外から覗き見ることはほぼできないのだ。(覗き見できないよう設計されているからな)


ガゼボの下で想い人を待つ。入り口からは一本道だ。ここにいれば後から来ても必ず会えるだろう。



この場所で初めて会ってから4年、いつから私はスイーリのことが好きだったのだろう。ひとめぼれだったのかもしれないな、まだ幼い彼女の姿を懐かしく思い出す。



顔を上げるとそこに彼女が立っていた。腰まで届く長い髪。艶やかでクセひとつない美しい黒髪だ。

大きな瞳を不安そうに揺らしている。


歩き方を忘れてしまったかのようにぎこちなく、足を交互に前へ動かす。私は今緊張しているのか?



『スイーリ、こんな遅い時間に呼び立てて申し訳ない』


上擦りそうになる声を必死に抑える。


『スイーリ』


用意していた言葉も、言いたかった言葉も全て忘れてしまった。


『貴女のことが好きだ』


『スイーリ、私と交際してもらえないか』



しばらく放心したかのように立ち尽くしていたスイーリは、そのまま静かに涙を流し始めた。


『ス イーリ?』


「もう一度聞かせていただけますか?」


『あ、あぁスイーリが好きだ。私と付き合ってほしい』


今度は少し落ち着いて言えたと思う。相変わらず用意したはずの言葉はどこかへ飛んでしまったけれど。


「聞き間違えではないのですね。ああ信じられません、夢みたいです」


「ずっとずっとお慕いしておりました。大好きですレオ様」


そう言ってスイーリは声を上げて泣き出してしまった。


スイーリも想っていてくれた。ずっと慕ってくれていたと、大好きだとも言ってくれた。つい今しがた浴びせられた言葉の数々を思い出しては嬉しさがこみ上げてくる。


『スイーリ泣かないで』


ハンカチを差し出す。一度伸ばされかけた手が震えながら下ろされてしまった。代わりにそっと拭ってやる。


「取り乱してごめんなさい 嬉しくてーもう平気です」


そう言って笑ってくれた。今日初めて見せてくれたその笑顔は、今まで見た中で一番美しい笑顔だった。



『座ろうか』


落ち着いたらしい彼女の手をとりガゼボへ向かった。

忘れていた!いや忘れてたわけではないけれど、置いたままだった、決して忘れてはいない!


『これを』


花束を渡す。庭師長に細かく注文をして作ってもらったものだ。


「綺麗ーありがとうございます ーーまだ信じられません、夢を見ているみたいです」


『それは私の台詞。でも夢にはしたくないな』


「そうですね」


そう言って微笑み合う。


『髪』


『ようやく見せてくれたね』


はっと思い出したようにスイーリは両手で髪を押える。


『隠さないでよく見せて。とても綺麗だよ素敵だ』


「でも真っ黒でこんなー黒い髪なんて」


そうなのか。スイーリは黒髪が好きではなかったのか。だからいつも帽子を被っていたんだね?こんなにも美しいのに。


『とても美しい黒髪だね。私の憧れの色だ。スイーリの髪は本当に美しい。光が当たると紫色に輝くんだね』


「でもレオ様の髪の方がよほど素敵です」


お互いがないものねだりしてるみたいだ。スイーリは私の髪がいいと思ってくれている。それも嬉しかった。


『自信を持ってスイーリ。貴女の髪は誰もが羨ましがるほど綺麗だよ』


「でもー」


なかなか認めようとしてくれないけれど、もしもスイーリが根っからの帽子好きで、それを楽しんでいるのならば構わない。けれど、髪を見せたくないというのが理由なのだとしたら、解放してやりたいと思った。


『この国の王妃の髪色を知っている?』


はっと目を瞠るスイーリ。


「ーはい。今日生まれて初めてこの髪でよかったと思えました」


そう言って笑った顔は心からそう思ってくれたようだ。


『うん。できるなら私も黒い髪に生まれたかったよ

 父上には内緒だよ、一度うっかり聞かれてしまって大変だったんだ』


するとスイーリが慌てて立ち上がる。


「私陛下に謁見を!ああどうしてこんなにも大切なことを忘れてしまっていたのでしょう」


一瞬にしてばら色だった頬は青白くなり、瞳の中が怯えでいっぱいになっていく。


父上は一体なんと書いて呼びつけたのだ。


『スイーリ、呼び出したのは父上ではない。私だよ』


『すまない、父上がなんと言って貴女を呼んだのか私は知らないんだ。今日父上がスイーリに会うことはないから落ち着いて』


「そ・う・・・なのですか?」


くそ!父上の迅速果敢なところを尊敬はしているが、私に検めさせてくださる時間くらいはあっただろうに。ここまで怯えさせるとは、どんな言葉を使ったというのだ。


両肩を支えて椅子に座らせる。


「よかったー私処刑されるのではないかと思ってここに来たんです」


『処刑?何故そんな風に思ったの?父上は一体何と書いたんだ?』


あんなに気を付けていたと言うのに、ここに来て素っ頓狂な声が出た。どこをどう書き換えたら愛の告白が処刑になるんだ。


「いえ何も。何も書かれていなかったのです、ただ登城せよというだけで」


(・・・後で厳重に抗議する)


「ああ。安心しました」


そう言って笑顔を見せるスイーリを見ていたら、苛立ちも少しだけ和らいだ。


『昨日は不安で眠れなかったのではないか?辛い思いをさせてしまったね、本当にすまなかった』


「レオ様のせいではありませんから!私が勘違いしただけなのですから頭を上げてください」


それにしてももう少し書きようというものがあるだろうに。仮にも父上は一国の王だぞ。毎度こんな感じで周囲を振り回してるんじゃないだろうな?


『わかったー

 もっと話していたいけれど今日は疲れただろうから早く帰って休む方がいい。私に送らせてもらえないかな』


「はい 、ありがとうございます」

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