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「レオ様 祝賀舞踏会の時にもこのドレスを着てよろしいですか?」


今まで夜会に出たことのなかった私でも知っている。二度同じドレスを着て夜会に出席する令嬢はいないということを。


極々稀に財政の厳しい家門の夫人が、手直しをしたドレスを着回すことはあるだろう。しかしスイーリはステファンマルクで最も力のある公爵家の一人娘だ。そしてこのことを私以上に理解していることは間違いない。


『スイーリは  それでいいのか?』

スイーリの願いならばなんだって叶えてやるつもりだ。

その気持ちは真実なのに、この口からは裏腹な言葉が飛び出す。


「気にして下さりありがとうございます でもこんなに素敵なドレスなのですもの レオ様から初めて頂戴した記念のドレスでもあります 一度きりなんて可哀想だわ お願いします」

『そこまで思ってくれてありがとうスイーリ わかったよ』

この上なく美しい笑みを浮かべて喜んでいる。嬉しいのは私の方だよスイーリ。


『最終日にしよう 一度裁縫師に預けないか』

裁縫師達ならば、このスイーリの気持ちを汲んで最良のものを用意するに違いない。

「わかりました 明日お届け致しますね」

『うん ちょうど良い機会だ 他の日に着るドレスも伝えておいてくれないか そうだな・・・スイーリの控え室にもう運んでおくか?』


今度はスイーリの方が目を瞠っている。あれ・・・何か変なこと言ったか?!

「レオ様 私に部屋をご用意下さるのですか?」

ああしまった、言っていなかったのか。


『言うのが遅くなってしまったね 支度のための部屋を本宮と鳶尾宮にそれぞれ用意した それと叙任式当日のドレスも仕上がったんだ 王宮(うち)で着替える方がよいかと思って届けていなかったのだが それも言うのを忘れていたな いろいろごめん・・・』

「いいえ とんでもありません ありがとうございますレオ様

 明日 私がお届けに伺ってもよろしいですか?」


明日以降しばらく会えないと思っていたスイーリが自ら届けに来るのは願ってもいないことだ。

『ああ 待っているよ』



「あっ 曲が」

曲が変わった。

『最後の曲だな 今夜最後のお相手を私に務めさせて頂けますか?』

先に立ち上がって右手を差し出した。





----------

明けて翌日。今日は日曜日だ。

王宮に努める官僚には決まった休日はないのだが、多くのものは日曜日に休みを取っている。


私はと言うと、昨日目を通す時間のなかった手紙を順に広げているところだ。


漁師町の管理を任せる代官から報告の手紙が届いていた。

リスト=コルペラ、子爵家の嫡男だ。十五の時に北部から王都の学園に入り、卒業後もそのまま王都に残り王宮務めとなった十一年目の官僚だ。


今回代官の打診をしたところ、即答が返ってきた。

一番の決め手になったのは「海が見てみたい」だったというのは、後になって聞いたことだ。


コルペラ卿は六月の半ばに王都を発った。すぐ戻ることになるから私の視察時に一緒に行けばいいと言ったものの、彼はそれをやんわりと否定した。

「殿下が赴く町に間違いがあってはなりませんから 少しでもお迎えの準備を整えて参ります」


好奇心だけの男ではないらしい。

前職は食糧農水産業担当だった。彼の人脈や知識はかの町の発展にも役立つはずだ。



代官の説明が長くなった。手紙の内容だな。

工事は順調に進んでいるらしい。宿舎と宿はもうレンガが積み終わり、今は工場長オリアンの邸と代官邸の改築部分に取り掛かっているとのことだ。予定よりも進みが早いので市場の建設にも取り掛かりたいとある。


夏のうちにレンガを積み終えて外壁を塗り終えることが出来れば、内装は冬になってからでも、最悪暮らしながらでも進めることは可能だ。今年中に宿舎と宿だけでも形になればと思っていたのに、予想以上に働き者の職人が揃っていたようだな。


そろそろ代官も王都に向けて出発する頃だろう。今返事を書いても入れ違いになる。追加のレンガの発注と左官職人の手配だけ済ませておこう。



それぞれの依頼書を用意していたところ、スイーリが到着したとの知らせがきた。

「お仕事のお邪魔をしてしまいましたか?」

今日のスイーリは、髪を下ろしてレモン色の花が刺繍された夏らしいドレスを着ていた。昨夜のような夜会ドレスを纏った姿も文句なしの美しさだったが、爽やかな昼用ドレスのスイーリもとても魅力的だ。


『いや スイーリが来るのを待っていただけだよ まずはドレスを見に行こうか?』

途端に顔が晴れやかになった。

「はい!こんなにすぐ新しいドレスを頂けるなんて

 昨夜は驚いてきちんとお礼を申し上げることも忘れてしまいました」

私が着てもらいたいんだよ、出来るなら五日間全てのドレスを贈りたかったくらいだ。



スイーリに用意した客室を案内する。そこでは侍女達が、スイーリの持ち込んだドレスを広げてトルソーに着せている最中だった。

クリーム色と紺のドレス、ラベンダー色に銀糸のドレス、そして淡い若草色にカラフルな花が無数に飾られているドレス、どれも上品でスイーリによく似合いそうなものばかりだ。


「いかがでしょうか お母様と相談して選んだのですが」

『うん どれも素晴らしいね 着ている姿を見るのが楽しみだ うんどれもいい』

手放しで褒めると、スイーリは頬を少し赤くしてほっと小さなため息を漏らした。


少し離れたところに、白い布をかけて置いてあるトルソーの前に連れて行く。

『これなんだ 見てくれるか?』


侍女が二人がかりで布を外すと、真珠のように輝くピンク、桜のような淡いピンクのドレスが姿を現した。

スイーリが最初に気に入ったと言ったピンク色の貝のビーズが全体に散りばめられていて、さらにバルトシュのガラスビーズやダイヤモンドにガーネットもふんだんに飾られている。勿論成年前であることを考慮して、このドレスも前から見た時は膝がようやく隠れるほどの短さになっているのだが、学園のホールの何倍もある王宮のメインホールでも決して他に引けを取らないだろう立派なドレスだ。


スイーリは言葉もなく立ち尽くしている。が、表情を見る限り不満から無言になっているのではないようだ。



「レオ様 これほど美しいドレスを見たのは初めてです ドレスの生地まで輝いているみたい・・・

 これを私が・・・こんなに素晴らしいドレスを私が着てもよろしいのですか?」

『これを着て私の隣にいてほしいんだ 婚約者として』

私がもう少しでも早く生まれてさえいれば、スイーリとの婚約もとっくに公表して堂々としていられたのに。済まないな・・誕生日が卒業式の後なばかりに三ヵ月も大っぴらにすることが出来ずにいて。


だからせめてこの日、この瞬間には誰よりも美しく着飾ってやりたかった。勿論ダイヤモンドの力を借りずともスイーリが美しいことは知っている。それでも飾りたいんだよ、どの国の王女よりも美しく飾ることが相応しいと私が証明したいのさ。

長くなりましたが、ここで三章完結です。

明日から四章に入ります。キャラクター紹介と次話を同時に更新予定です。

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