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この日のために用意した式服に袖を通す。一度試着した時には鏡を見なかった。今まじまじと鏡に映る自分の姿を見ているのだが、どうもしっくりこない。
「大変お似合いでございますが ご納得されていないようでございますね」
『うん・・・はっきり言って似合っているとは思えない』
正直な感想を述べたところ、ロニーは信じられないとばかりに驚いてみせた。
「これだけははっきり申し上げます 大変お似合いです」
・・・・・
勿論私にだって最低限の良識はある。夜会に向かう直前になってこれを着るのは嫌だと、駄々をこねるつもりはない。
『心配するな 今になって別のものを用意しろとは言わないよ』
「いえ・・・お宥めしているつもりではないのですが・・・」
まあいい、着てしまえば鏡でもない限り自分では見ることもないのだからな。そんなことよりもスイーリのドレスを早く見たい。
『少し早いが行こうか』
気が急いて、少しどころかかなり早く出てしまった。絶対にまだスイーリの支度は終わっていないだろう。
ダールイベック邸に到着するとサロンに通され、程なくして家令を伴った夫人が申し訳なさそうに顔を見せた。
「殿下大変申し訳ございません 支度を急がせておりますのでもう少しだけお時間を下さいませ」
『私こそ済まない 早いとわかって出てきてしまったんだ その・・・早く見たくて』
スイーりの支度が遅いわけではない。待ちきれずに来てしまった私が悪いのだ。
ようやくニッコリと笑みを見せてくれた夫人が、しばし会話に付き合ってくれるようだ。
「大変素晴らしいドレスをお贈り下さりありがとうございました あれが殿下がお進めになっておられる装飾でございますね」
『ああ ダールイベックの本邸から取り寄せた貝の細工だ どうだろう?公爵夫人から見た感想を聞かせて頂けないか?』
「はい 目に留めない令嬢はいないと思います 近くで拝見しましても真珠と見分けがつかないかと ですのに大変軽やかでございました 大流行になると思いますわ」
多少の社交辞令も含んでいるだろうが、目の肥えた公爵夫人に認められたことは喜ばしい。裁縫師も自信も持っているようだし、思っていた以上の、いや予想通りと言った方がいいか。よい品になったようだ。
その時扉を叩く音がした。
「参りましたわ 殿下のお相手に呼びました」
「早いなレオ これから舞踏会じゃなければ訓練場に呼んだんだけどさ」
アレクシーが笑いながら入ってきた。鍛錬中だったらしい、顔が僅かに上気している。
『鍛錬中だったか 付き合わせて悪いな』
「娘の様子を見て参ります もう暫くお待ち下さいませ」
交代で夫人が席を立った。
「てっきりレオは正装で来ると思ってたぜ」
『重いんだよ』
また笑っている。よし、今度着せてやるよ。そうしたら間違いなく納得するさ。
「珍しいな 初めて見る」
『ああ 初めて着た 似合わないだろう』
「いや はまりすぎて怖いくらいだ スイーリが見たら喜ぶだろうな」
なんだよそれ。
「ドレスも見たぜ 本邸の湖で獲れる貝なんだろう?聞いたときは驚いたぜ やっぱりレオは違うな」
『何がだ』
「着目点さ 俺達にはただの食い物にしか見えてないものだったからな」
あの白い貝があれほど美しい装飾になったのは、運がよかったとでも言うか偶然だけれどな。予想していたのはもっと素朴なものだった。試しに磨いてみたというバルトシュの手柄と言ってもいい。
「それにさ 今まで捨ててたものだって言うのに買い取ってくれているんだろう?有難うな」
『漁師達もやりがいが増すだろう?そうすればまた新たな発見があるかもしれない』
「・・・レオは名君になるぜ」
『飛躍しすぎだ』
笑い飛ばしたが、アレクシーは笑っていなかった。
『それはそうと アレクシーもいよいよ入団だな』
「ああ 明後日だ」
二日後に騎士団の新人叙任式がある。騎士科を卒業したペットリィを除く三名と、入団試験に合格した第一騎士団所属のもの達が、正規騎士に任命されるのだ。
『所属はもう聞いているよな?』
「ああ
第二騎士団鳶尾宮専属 ハルヴァリー小隊所属アレクシー=ダールイベック」
『近衛王太子専任騎士 アレクシー=ダールイベック卿』
アレクシーがニヤリと笑う。
「ようやくここまで来た」
『ああ もうすぐ約束を果たせるな』
専任騎士の任命は叙任式と同日、その日の朝に行われる。
「もう一人は誰に決めたんだ?」
今回四名の騎士を任命する。ゲイル、ヨアヒム、アレクシー、そしてもう一人は
『コンティオーラ卿だ ジェフリー=コンティオーラ』
「コンティオーラ卿か!一番俺と歳が近いな」
ゲイルとヨアヒムはベテランだ。二人は申し分ない。そして新人だが気心の知れたアレクシーの存在は私にとってもとても大きい。ただ小言が多いのが難点だ。そこにおおらかでややマイペースなジェフリーが加わると、いいバランスになると思う。
『三人共アレクシーとの相性も良いはずだ』
アレクシーは薬学を学びたいと言っていた。政務の合間に時折ヨアヒムから手ほどきを受けようと思っている。アレクシーとまた共に学べる日が来るとはな。
再び扉を叩く音がした。
「お嬢様のお支度が整いました 間もなくこちらに来られるとのことでございます」




