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紺色のクラヴァットを結んで、校章をつける。この制服を着るのもこれが最後だ。


「レオ様 ご卒業おめでとうございます」

『ありがとうロニー』

三年間、出来る限りのことはやってきた。後悔なくこの日を迎えられたことを嬉しく思う。



いつもの場所で馬車を降りて、いつものように校舎へと向かう。

その先はいつも、とは違った。騎士達の並ぶ廊下を進んで行く。

「殿下 ご卒業おめでとうございます」「おめでとうございます」

『ありがとう』

騎士達の列はホールまで続いていた。



そしてホールに入る。まだ殆ど人けがない。しんという音が聞こえそうなほどに静かだ。

並んでいる椅子の先頭列、左から三番目に座っているものがいる。

三年の間、常に私より先にその席についていたビル、毎朝誰よりも早く登校していたのは、私を出迎えるためだったのだろう?今になり振り返るとよくわかる。ビルは三年も前からその心づもりをしていたのだな。


『おはようビル 卒業おめでとう』

「おはようございますレオ様 ご卒業おめでとうございます」

挨拶を交わした後、私は席を通り過ぎてホールの中央に掲げられているアマリア神の像の前に立った。


正直に言うが私は信心深くはない。教会や聖堂へ足を運ぶのも義務感からだ。それ以上の感情はない。

だが、今日はこの神に感謝の気持ちを伝えたかった。いや神に、というのでもないかもしれないな。三年間世話になったこの学び舎への感謝も込めて、目を閉じ静かに祈りを捧げる。


近づいてくる足音が一つ。

『おはようベンヤミン 卒業おめでとう』

「レオも卒業おめでとう

 とうとうこの日が来ちまったな 待っていたようで いざとなると寂しいもんだな」

『ああ』

ベンヤミンには肯定したものの、寂しいとか惜別の想いと言ったものは感じていなかった。


席に座り、ビルも交えて取り留めのない会話をする。

「結局三年間この並びは変わらなかったな 一度はレオの左に座りたかったんだけどさ」

『そうだったか?ビルが隣にいたこともあった気がするが』

「・・・・・あ 憶えてた?」

ビルが笑っている。


この二人とはこれからも長い付き合いになる。だからだろうか、今日の日もただの通過点にしか思えなかった。


「おはようございます」

「おはようマルクス」『おはようマルクス 卒業おめでとう』

「卒業おめでとうございます」

少しずつ周囲も賑やかになってきた。見回すと皆晴れやかな顔をしている。三年前この場所で呼びかけたように、皆が悔いのない時間を過ごせたということならばいいと思う。



全ての生徒が揃った。壇上に学園長が立つ。

「百一名の皆さん 卒業おめでとうございます

 今日の日をこうして祝えることに心から感謝しています

 この一年の間 学園は未だかつてない危機に見舞われました―


学園長の話が続く。そういえば白髪が増えたな。確かにこの一年、この平穏な学園には似つかわしくない事件がいくつもあった。しかしこの先に新たな問題が湧き起こることはきっとないだろう。()()()()()は終わったからな。


これからの私達に決められた未来はない。わざわざ抗うための道を探す必要もない。

この世界に来て八年半が過ぎた。ここからようやく自分の足で歩いて行けるような気がする。



学園長の話が終わり、卒業記章の授与に移る。名前を呼ばれ静かに立ち上がった。


王立学園の校章は、瞳にトパーズがあしらわれたフクロウとアマリア神をモチーフにしたものだが、卒業記章はそれと向かい合うように反対向きにデザインされている。

校章が知性を意味するトパーズなのに対して、道標の意味を持つ石、アイオライトがその瞳に使われている。


これは、単なる記念品ではない。王立学園を卒業した証としてこの国では確固たる身分の証となるものだ。卒業した学園と年度、クラスが刻印されている為盗んで成り済ますことも不可能だ。

王宮務めの官僚達も必ずと言っていいほどこれを襟に付けている。


学園長から記章を受け取り握手を交わす。

「王子殿下 ご卒業おめでとうございます」

『お世話になりました』


席に戻る。壇上ではベンヤミンが握手を交わしていた。

戻ってきたベンヤミンが、記章の裏側をこちらに見せながらニカッと歯を見せて笑った。

続いて席に戻ったビルは、記章の刻印を何度も何度も指でなぞっている。


ベンヤミンにとってこれは、ノシュール家の令息と言う立場を離れ、初めて自分自身で得た証明だ。ビルにとってもこれ一つで貴族に匹敵する地位を得たことになる。それぞれ格別な思いがあるのだろうな。


全ての卒業生が記章を授与された。これで式は終了だ。

「では改めて卒業おめでとう 今夜パーティでお会いしましょう」


学園長が言い終わると同時に入り口の扉が開き、一斉に在校生がなだれ込んできた。

「卒業おめでとうございます!」

「おめでとうございます」

「卒業おめでとう!!」


皆抱えきれないほどの花を持っている。私は過去二年ここには来なかったからな。初めて見る光景だ。

「レオ様 受け取ってあげて下さいませ 下級生からの感謝の気持ちですわ」

ヘルミがそっと教えてくれた。

『ああ わかったよ ありがとうヘルミ』

「行こうぜレオ」


一番最初に花をくれたのはイクセルだった。

「卒業おめでとうレオ 卒業おめでとうベンヤミン」

『ありがとうイクセル』

「まさか最初に貰うのがイクセルとはなー」

明らかに不満そうな声を出すベンヤミンに、イクセルは食って掛かる。


「最後まで酷いや!せっかくベンヤミンに渡そうと用意した花束なのにさっ!」

私が渡されたものと違いがわからないが、イクセルには見分けがつくのかもしれない。


二人がじゃれ合っている隙に離れてしまった。途端大勢に囲まれいっぺんに話しかけられる。

「レオ様 ご卒業おめでとうございます」

「レオ様おめでとうございます」

「レオ様 受け取って頂けますか」

一人一本かせいぜい二本を配り歩くのだろうと思っていたのに、ずっしりと重い花束がいくつも渡された。


『ありがとう 後は任せたよ』

『ありがとう 学園を頼んだぞ』

『ありがとう ―』

・・・・・いやもう無理だ。既に落としそうになっている。


「殿下こちらへ お預かり致します」

見かねたのか騎士が声をかけてきた。済まない、花を持たされるなど騎士の仕事ではないと言うのに。


『済まないなディラン』

抱えていた花束を渡すと、また次々に差し出される。毎年この日は王都中の花屋が空になっているに違いない。


その時小さな花束をひとつ抱えてじっとこちらを見ている女子生徒と目が合った。

「レオ様 僕の花束も受け取って頂けますか」

「レオ様 ご卒業おめでとうございます」

『ああ ありがとう』

なかなか近くに寄れないようだ。遠慮がちに遠巻きながらもずっと視線が向けられている。


何度か騎士に花を渡した後、ようやくその女子生徒が側に近づいてきた。

「レオ様 ご卒業おめでとうございます 私が今日ここにいられるのはレオ様のおかげです ありがとうございました

 受け取って頂けますか?頂いたお給料で買いました」

『ありがとうビョルケイ嬢 あなたも進級が決まったそうだね おめでとう頑張ったな』

ぽろぽろと大粒の涙を流している。


「はい レオ様とのお約束ですから破るわけにはいかないと・・・」

この時無性に頭を撫でてやりたかった。両手が塞がっていてよかったのだろうか。


『暮らしはどうだ?辛くないか?』

「はい 私は元々お母様と二人で暮らしていましたから お掃除もお洗濯も苦ではありません お城の方にも親切にして頂いております」

『そうか』


聞きたいことはまだあったが、ビョルケイ嬢とばかり長話していては悪目立ちするだろう。彼女のためにもよくない。

『困ったことがあればいつでも相談しろ 卒業するまで私はあなたの保護者だからな』



「レオ様 ご卒業おめでとうございます 出遅れてしまいました もういっぱいですね」

アンナと数人の一年生の令嬢だった。一、二年生は通常授業だったからな。アンナのクラスは授業が長引いていたのだろう。

その時頭をぺこりと下げて去っていくビョルケイ嬢が視界の隅に見えた。

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