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朝、カリーナにされるがままに着替えを済ませ、朝食の席に着きました。いつもは朝早く学園へ向かうアレクシー兄様も今朝はまだいらっしゃいます。私のことが心配で残ってくれていたのですね。
「お母様お兄様 おはようございます 私は大丈夫ですから兄様も登校なさってください」
「そうは言っても・・・」
何か言いたげな兄様をお母様が遮りました。
「そうね アレクシーももう学園へ向かいなさい 遅れてしまうわ」
一度開きかけた口をギュッと閉じ、ややあってから
「わかりました 行って参ります」
兄様は静かに席を立ちました。
「スイーリ 今日家庭教師にはおやすみをお伝えしたわ 食事の後はゆっくりお風呂を使いなさいね」
「わかりました」
「少しでも食べるのよ」
私の席には大好きな苺が小さなボウルに入れて置いてあります。
「はい」
数粒の苺を長い時間をかけて食べました。
それから数時間は侍女たちの手で身体を清め、肌を整えられました。髪も香油で丁寧に整えてからじっくりと梳いていきます。詳しい事情を侍女たちは聞かされていないようです。
「私たちが完璧に仕上げますから 楽しみにしていらしてくださいね」
「ありがとう」
そう答えるのが精一杯でした。
衣装はお母様に選んでいただきました。
ごく薄い紫色のワンピースです。装飾のないシンプルなデザインで、ハイネック部分とウエストのリボンが濃い紫色でアクセントになっています。今日は帽子も被ることができませんから、髪にも同じ色のリボンがつけられています。宝石類は一切つけないことにしました。
支度を終えた頃には夕陽もほぼ沈みかけていました。
「もうじき出発ね」
カリーナがケープを羽織らせてくれました。つい先日王宮へ向かったばかりだというのに・・・。
あの時はレオ様にお会いできることが嬉しくてたまらなくて、羽根のように軽やかな気持ちだったというのに、今日は鉛も勝てないほどに重く沈んでいます。
部屋の外にはお母様がいらっしゃいました。
「今日はあなたの大好物を用意して待っているわ」
そう言って、そっと優しく抱きしめてくださいました。
「はい 行って参りますねお母様」
頑張って笑顔を作ります。これが最後の挨拶にならないようにと祈りながら。
王宮に着き、馬車を降りると待っていたのはレオ様の従者でした。
少し驚きましたが、陛下の従者では私がわからないのかもしれませんね。そう思うとロニーさんが待っていたのも納得がいきます。
「ダールイベック様 お待ち申し上げておりました」
こちらへ、と案内されたのは読書室でした。てっきり直接謁見になると思っていましたので、ここでも少し驚きましたが、よくよく考えてみれば陛下が私の到着をただ待っているなんてことがあるわけがありませんね。ここでご公務の区切りがつくのを待たせていただくということなのでしょう。
「ハーブティーをご用意いたしました」
ロニーさんがカップに注いでくれます。漂う優しい香りに少しだけ心がほぐれる気がしました。
「おいしい・・・」
カモミールにオレンジ? 柑橘の香りがします。
「それはよかった 王妃殿下がよくおやすみ前に飲まれているものでして 心を落ち着かせる効果があるそうですよ」
ああ・・・ロニーさんも私を気遣ってくれているのね。ありがとう、少し勇気が湧いてきました。
ロニーさんはそのまま退出しましたが、侍女が美しいお茶菓子をいくつも運んできました。
とても食べることは出来そうにありませんが。ごめんなさいカールさん。
どれくらいの時間経ったのでしょうか、ロニーさんが戻ってきました。
「大変お待たせをいたしました ご案内いたします」
「はい」
また緊張が蘇ってきました。とうとう初めて陛下の御前へ。
階段を降りて回廊に出ました。謁見の場はどこなのかしら?
ロニーさんが立ち止まり、預けていたケープを羽織るようかけてくれました。
「少しの間ですが 外は冷えますので」
真っ白な中、足元の路だけは綺麗に雪が除けてあります。
ほどなく温室にたどり着きました。温室?まさかここで謁見を?
「どうぞお進みくださいませ」
ここで間違いないようです。恐る恐る一歩、また一歩奥へ進みます。
美しいあのガゼボの下にいらっしゃったのは陛下ではなくレオ様でした。
近寄っていいものか逡巡しておりましたら、気がつかれたレオ様がゆっくりこちらへ歩いてこられます。
いつも穏やかな笑みを湛えているレオ様が珍しく硬い表情をしておられます。
もしかして最後のお別れの時間を作ってくれたのでしょうか。この後で陛下の御前へ引き出される手はずなのかもしれません。
『スイーリ こんな遅い時間に呼び立てて申し訳ない』
レオ様が謝られることではありません。私の方こそ最期にお顔を拝見することができてよかったです。
『スイーリ―』
『貴女のことが好きだ』
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『スイーリ 私と交際してもらえないか』
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えっ・・・・・?




