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卒業前夜。

今夜は一ヵ月ぶりに本宮で過ごしている。陛下と王妃殿下から食事の誘いがあったからだ。


「どう?もう鳶尾宮には慣れたかしら」

『はい 問題なく過ごしております 殿下も是非足をお運びくださいませ』

「ええ ありがとう 楽しみにしているのよ」

殿下はいつお会いしても笑顔を絶やさないお人ではあるが、今夜は特にご気分がよいようだ。


「イレネはな お前が向こうへ移ってから元気がなかったのだ たまにはこうして親孝行に来い」

否定することなく殿下はニコニコと笑っていらっしゃる。


本宮で暮らしていた頃から、数週間お会いしないことなど珍しくはなかった。

そして鳶尾宮は目と鼻の先だ。来いと言われれば半時とお待たせすることもない距離であるのに、母とはこういうものなのだろうか。

『はい 寄らせて頂きます いつでもお呼び下さいませ』


その後は乳飲み子だった頃の古い話を散々聞かされた。



食事の後は、陛下の私室に場を移すことになった。

「今夜は少し付き合え なに遅くはならん」

『はい ご一緒させて頂きます』


「私は先に失礼するわ

 陛下 レオに飲ませすぎてはダメよ レオまた明日ね」

『はい おやすみなさいませ』


殿下の部屋の前で別れて、陛下の私室へ向かった。

テーブルの上に手早く用意をしていた侍従とロニーに陛下が告げる。

「適当で構わんぞ 後は二人でやる お前達もたまには水入らずで過ごせ レオは誰かに送らせるから心配いらん」


そうして侍従とロニーも邸へと引き上げていった。


「さあ」

陛下がワインのボトルを手にした。グラスを置き、注いで頂く。

『ありがとうございます 陛下もどうぞ』

「陛下はよせ 私はお前の何だ?」

『はい 飲みましょうか父上』

ボトルを受け取り、グラスにお注ぎする。


軽くグラスを合わせてワインを一口含む。パルードのワインだった。

「成人前夜にはこうしてゆっくり過ごす時間もないだろうからな 今夜がその替わりだ」

『はい』



「しかしお前がこのように成長するとはな 最近よく考えるのだ 何がお前を変えたのか・・・口惜しいが私の力ではないようだ」

感慨深げに見つめられていたかと思うと、ふっと視線を外してワインをくいと飲み干された。

え?


『陛・・父上 それはどういう意味で?』

空いたグラスにワインを注ぎながらお聞きする。その私の疑問に直接はお答えになって下さらなかった。


「新しく迎える従者は平民だそうだな それも以前のお前なら考えられなかったことだ そうは思わないか?」


「この話はあまり蒸し返したいものではないが 昨年のあの事件の時もお前は犯人に慈悲を求めたな 私は一度それを叱った しかし内心戸惑ったのだ お前にそれを咎める日が来るとは想像だにしていなかったからな


 いやお前が変わったことは知っていた 知っていたのだがな 己の命の危機に瀕してもなお 犯人の身を案じるとまでは思っていなかったのだ 思えるはずがなかろう


 レオ 時にはその甘さが弱点となることもあるだろう だが人間らしさと言う点での評価はしている かつてのお前にはあまりにも欠けていたからな」


何の話をしているのかさっぱりわからなかった。一つだけわかっていたのは、父上は決して酔ってはいない、極めて真っ当な思考の下でお話しになっていると言うことだ。



「まあ飲め」

気がつけば空いていたグラスに、父上がワインを注ぐ。


『はい 頂きます』

父上が話しているのは私のことではない。レオ(あいつ)のことだ。レオの過去はそこまで冷酷無比だったと言うことなのか。言っても九歳より以前だぞ。そんな幼い子供でありながら父親に将来を憂慮されるほどの性格だった、と言うことか。


しかし妙だ。自分の中にそのような記憶は全くない。


いや・・・感情に関する記憶そのものがないのかもしれない。

忘れかけていた[もう一人の(レオ)自分]の存在が、再び絡みついてくるような気がした。


しつこいぞ、この人生は私のものだ。いい加減私の中から消えてなくなれ。ぶつける先のない怒りが込み上げてくる。



「なに そんなに深刻に考えるな 私もイレネもお前の成長を快く思っているのだからな」

父上の前だと言うのに、つい考え込んでしまっていた。

『はい』


「一時は反動のようにあらゆることに自信をなくしている様子が気になった どうしてこうも極端なのだとな」

『そうでしたか』

そうだな。確かにかつての私は何においても自信がなかったように思う。いつ頃からかそうでもなくなっていたな。



「お前は良い治世者になるだろう」

『有難いお言葉を感謝致します』

「まあ まだまだ私の代は続くがな」

『はい これから教えて頂きたいことも数多くございますから』



しかし、一体レオはどんな幼少期を送っていたのか。周りから見ればそれが過去の私だ。当時のことを知るもの・・・父上と母上を除くと思い浮かぶのはオリヴィアだ。しかし侍女の立場ではどこまで本当のことを話してくれるかもわからないな。後はアレクシー達に家庭教師・・・か。


()が、アレクシー達と初めてあった頃、彼らは私に敬語を使っていた。既に知り合って三年は過ぎていたはずだが、少なくともあの時点でアレクシー達にとって私は友人と呼べるような間柄ではなかったように思う。当時の私をどう思っていたのだろうな、ベンヤミンなら答えてくれるだろうか。


そして家庭教師。レノーイは包み隠さず話してくれるかもしれない。機会があれば聞いてみようと思う。

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