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「王子殿下 この度は拝謁の栄誉を賜り感謝申し上げます 私の父と母でございます」
ビルとその両親、そしてボレーリン侯爵が宮を訪れた。
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ボレーリン侯爵とビルの両親が王都に到着した翌朝、学園に到着するなりビルが一通の手紙を渡してきた。
「レオ様 昨夜私の両親が王都に参りました 領主様に随行を許されたとのことでございました」
『うん 私のところには侯爵が来てね その時ビルの両親のことも聞いたよ』
「昨日両親と話し合ったことを書いて参りました お読み頂けると幸いでございます」
教室では話しにくい内容と言うことだな。
『わかった ありがとう今読んでも構わないか?』
「はい ありがとうございます お読み下さい」
手紙には、最初に私の従者に決まったことを両親が大変喜んでくれたと書かれてあった。
従者としてボレーリン領に行く予定であること、その翌年からメルトルッカへ留学することも伝えた。
そしてその後養子の話を切り出しても、二人は驚いたり取り乱すことなくその話を受けるよう背中を押してくれたとのことだ。
確かビルに兄弟はいなかったはずだ。私に彼らの事情を深く理解することは恐らく出来ないだろう。
しかしこれだけはわかる。ビルの両親は、ビルのことを息子である前に一人の人間として尊重しているのだ。一人しかいない息子を手放すことになっても構わないほどに。そのとてつもなく大きく、そして深い想いには心から敬意を表したいと思う。
それならば早く話を進めてやることが、今私のするべきことだろう。
『わかった では早急に場を設けようか ビル 明日の夜は時間あるか?』
「はい ございます」
『明日 両親と共に来てほしい ボレーリン侯に連絡を取るように言われているのだが 両親は今どこに滞在しているんだ?』
ビルの両親がいつまで王都に滞在予定なのかはわからないが、今年の夏王都の宿はどこも余裕がないはずだ。ボレーリンのタウンハウスに泊めているのだろうか。
「領主様のお邸にお世話になっております」
『そうか ではそちらは心配ないな ビルには馬車を送る 用意が出来たら乗って来てくれ 急ぐ必要はないからな』
「レオ様 ご厚情に感謝申し上げます」
声を落として話を続けた。
『子爵と面会する場を用意する 二人きりで話がしたければそのようにする 希望を聞かせてくれ』
束の間視線を外して思案を巡らせたビルは、すぐに続けた。いつもながら決断が早い。
「過分な願いとは存じますが レオ様に同席を願うことは可能でしょうか」
『勿論だ ではビルの両親に挨拶した後に呼ぶことにしよう』
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『顔を上げてくれないか 私はビルの友人だ』
この日も私は謁見室を使わなかった。今私達は執務室で相対している。
ようやく顔を上げてくれたビルの両親・・・ビルは父親似だな。でも瞳の雰囲気はどことなく母親譲りのようにも見える。そして一目でわかった。二人はとても深くビルのことを愛している。
「拝謁を賜り誠に感謝申し上げます ニルス=ハパラでございます この度息子への過分なお心遣いを賜りましたこと 感謝の言葉もございません」
『ビルのような優秀なものと出会えたことに 私も感謝している ビルを王都へ送り出してくれてありがとう』
少し驚いたような表情を見せたものの、すぐにそれをおさめて再び深く頭を垂れた。
「殿下にお仕えすることが叶い 大変光栄でございます 何卒よろしくお願い申し上げます」
側で控えていたロニーがすっと部屋を出ていく。リンドフォーシュ卿を呼びに行ったのだろう。
『もう一人会わせたいものがいる すぐに来るだろうからこのまま待っていてくれ』
程なくしてロニーと共に入ってきた痩身の男性、彼こそがリンドフォーシュ子爵だ。
「お待たせ致しました王子殿下 私にお時間を下さり感謝申し上げます」
『リンドフォーシュ卿 紹介する 私の友人ヴィルヘルム=ハパラだ そして隣がビルの両親だ』
ビルとリンドフォーシュ卿、そしてビルの両親やボレーリン侯爵も交えての挨拶が一通り終わり、再び椅子に落ち着く。
「ウィルヘルム君 ようやく会えたね 君に会えるのを心待ちにしていたのだよ」
ビルの正面に座ったリンドフォーシュ卿は目を細めてビルを見つめている。
「リンドフォーシュ子爵様 私のようなものにお心遣い感謝申し上げます」
先程までよりもやや緊張した様子のビルが、丁寧に頭を下げた。
「殿下 少しの時間だけ自分語りをさせて頂けますか」
『ああ 喜んで聞かせてもらおう』
温かみを感じる目尻の皺と、未だ若者に引けを取らない澄んだ瞳。良い人生を歩んできただろうことが想像できる。そんなリンドフォーシュ卿が、静かに話し始めた。
「私は二十三の時に結婚しましてね ボレーリン侯爵は憶えておいでかもしれませんが 私が専科二年の時に入学してきたのが彼女でした」
「ああ憶えているとも 君達は毎日のように昼休憩を中庭で過ごしていたな」
ボレーリン侯とリンドフォーシュ卿は同時期に学園生活を送っていたのか。二人だけが知っている、懐かしい思い出がいくつもあるのかもしれないな。
「彼女が卒業して一年後に式を挙げました 私が王宮務め三年目のことでございます
それから二十年ほど経った頃 父から爵位を引き継ぎました
そして気がつけば
五十年を超えておりました すっかり髪の色も変わってしまいまして―ヴィルヘルム君 昔は私の髪もね 君と同じ亜麻色をしていたのだよ」
ビルを見つめながらやさしく微笑む。
「子宝には恵まれませんでしたが良い人生でした 父や先祖には申し訳ないが 私の代でこの家が終わることも悪くないと思っておりました」
「でもねヴィルヘルム君 君の話を聞いて欲が出てしまった 君がこのリンドフォーシュの名を―小さな家だが私にとっては大切な家だ この名を継いでくれると言うのなら こんなに幸せなことはない どうかな 君はこの年寄りの願いを叶える気はあるかな」
ビルは肩を小さく震わせていた。
ビルの母はハンカチで目元を押さえ、父の目にも光るものが見えた。
「身に余る光栄なお話しでございます」
ビルの声も少しだけ震えていた。
「君の両親にも会うことが出来てよかった
私はね二人から息子を奪うことはしたくないのだ 養子になれば書類の上では私が君の父親になる けれどね 私のことは 王都の父と思ってくれたらと そう考えていたのだよ
父と言うよりは爺さんと言った方がよいかもしれないがね」
ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます・・・
声を詰まらせながらも、ビルの両親は代わる代わる頭を下げ続けた。
「聞いているねヴィルヘルム君 殿下はハパラの名を残すようにと仰られた 殿下の従者を務めるとなると なかなか会いに行くことも難しいだろうから たまには二人を王都に呼んであげなさい」
「はい・・ありがとう・ございます・・・」
ビルはそれだけ答えると、俯き顔を上げようとしなかった。
「殿下 縁組の手続きは拙宅にて執り行おうと思っております 妻もヴィルヘルム君に早く会いたいようでして」
『うん 全てリンドフォーシュ卿に任せる』
リンドフォーシュ卿は想像していた以上にビルのことを慮っている。ビルにとってこれ以上ない養父となってくれるだろう。
「これからは君の邸でもある 邸の案内と使用人の紹介もしなくてはね
三人で来なさい 待っているよ」




