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晩餐がお開きになった頃には十一時を回っていた。そのまま裏庭に出て夜の泉へ向かうことにする。
「あっ池にも蛍がいます!」
「本当だ ここまで飛んできているのか」
今まで気がつかなかった。奥の泉から水道を頼りにこちらまで飛んできたようだ。
『泉にはもっとたくさんいるはずだ 見に行こうか』
池を越えて水道沿いに進むと、いくつもの光がふわり、ふわりと瞬いていた。その朧げな光は、足を進めるごとに数を増していく。
「綺麗―」
そこには一年前と変わらずに幻想的な世界が広がっていた。
「光の―絨毯みたい・・・」
アンナ呟いた言葉に皆が頷いていた。一面を埋め尽くすほどの蛍が光っては消えて、また光っては消えていく。
皆その光景に見とれている。
「この泉・・・久しぶりに来ましたが昼間とはまるで違いますね」
「今夜ここに来れて良かったよ」
「うん 僕こんなにたくさんの蛍を見たのは初めてかもしれない」
集まってよかったな。今夜ここで見た景色も、きっとこの先私達の心の中に残り続けることだろう。
言葉も少なく、皆がその世界を堪能していた。
しばらくの間、そうして静かに鑑賞していると、少しずつ光が弱まってきた。蛍達も休憩に入り始めたらしい。
『そろそろ戻ろう 夜は冷える』
来た道を戻る。皆名残惜しいのか、そのスピードはとても緩やかだ。
「なあレオ やっぱり明日は五時とかに起きるのか?」
一人野鳥観察を目的にしていたベンヤミンが小声で尋ねてきた。
『ああ 毎朝五時には起きているな
無理はするな 明日でなくても見る機会はあるさ』
ベンヤミンは朝があまり強くないことは知っている。
「お おう・・・でもさ 俺が鳥を見たいって言って集まったようなもんだし・・・それにレオは明日もその時間に起きるんだろ?」
『ああ起きる 私はいつもと同じことをするだけだからな』
「凄いよな よく毎日そんな時間に起きれるもんだ 今はまだいいけどさ 冬なんて真っ暗じゃないか」
『習慣だからな 勝手に目が覚める アレクシーだって毎朝その時間に来ているぞ』
名前が聞こえたのか、アレクシーが振り返った。
「俺は明日は無理だわ 普段こんな時間まで起きていることがないからさ 明日が日曜で助かったぜ」
ケラケラと笑っているアレクシーは明日の朝寝坊する気満々のようだな。日曜日の鍛錬相手はきまってヴィルホが担当だ。
「そうなんだ アレクシーはいつも何時に寝てるんだ?」
「んー十時には夢の中だな」
「早やっ!姪っこと変わらないぜ」
「子供と一緒にするな 俺は朝が早いんだ」
「レオも同じ時間に起きてるはずだけどなー」
珍しくベンヤミンとアレクシーが言い合っている。巻き添えになる前に離れよう。
『アレクシーに合わせるわけでもないが 皆も明日はゆっくり起きて構わないからな』
「うん 僕も明日は早く起きる自信ないや アレクシーほど早寝ではないけどさ 僕も普段この時間まで起きていることがないから」
ふうーん、案外皆寝るのが早いんだな。
「レオ様は明日の朝も鍛錬をされるのですか?」
『うん 日曜はヴィルホと鍛錬が出来る貴重な日だからな』
そっと近づいてきたスイーリが、そのあとも何か言いたそうにしている。
『見に来るか?』
途端に瞳が輝いたことはこの暗がりの中でもよくわかった。
『もちろん無理はするな ゆっくり寝ていても構わないからね』
「是非見学させて下さい!一年ぶりですね 楽しみで今夜は寝られないかもしれないわ!」
『スイーリは鍛錬を見るのが好きだな 邸でもそうなのか?』
今は寮生活で邸での鍛錬も殆どしていないのだろうが、アレクシーはいつもヴィルホやダールイベック公と鍛錬していたものな。
だがその反応は予想とはかなり違っていた。
「いいえ 邸での鍛錬は全く見ません」
なんとも語尾が冷たい。私に言われたら少し落ち込むかもしれないほど素っ気なかった。
『そ そうか・・・とにかく早朝はまだ他に鍛錬するものもいないから 使うのは私だけだ 危険も少ないだろう 目が覚めたらおいで』
「はい!必ず行きますね カリーナにもお願いしておかなくちゃ 絶対に起きるわ!」
翌朝誰が何時に起きてきたかって?それは秘密だ。




