[254]
ベンヤミンと贈るドレスの話をした数日後、数名の裁縫師が大きな箱を二つ抱えて宮へやって来た。
「大変お待たせ致しました ご試着頂けますでしょうか」
ひとつの箱を開けて、衣装を並べ始める。
「初めてのお色でございますね ようやく作らせて頂けました 渾身の作でございます」
シャツに腕を通してボタンを留めた。ウエストコートのボタンを留めて上着を羽織る。
「どこか合わない箇所はございますか」
『いや いつも通りぴったりだ ありがとう』
「とてもお似合いでございます」
「クラヴァットも何本かご用意致しました お気に召すものはございますか」
式服に合わせた何色かのクラヴァットが綺麗に畳まれて並べられている。その中から一番濃い藍色のものを手に取った。
『これを』
「承知致しました 刺繍を入れて参ります」
「ドレスもご確認頂けますでしょうか」
いつの間にか箱から出してトルソーに着せ終わっていた。目の前に美しいドレスが広がる。
『うん 素晴らしいね 装飾もとても美しい』
ドレスの周りをぐるりと一周してみた。どこから見ても素晴らしい。このドレスを着たスイーリを早く見たい。
「美しいですね」「満足の出来です」
裁縫師達も目を細めてドレスを見つめている。
「殿下 この貝殻製のビーズは大流行すると思います 美しさは初めて拝見した時にも充分わかっておりましたが これだけふんだんに使用してもドレスがとても軽いのです」
『そうか それは喜ばれそうだな』
「もう一着もご期待下さいませ」
『ああ 期待している』
試着した式服から着替えている間に、ドレスも元通り箱の中へ納められた。丁寧にリボンまで掛けられている。
『バルトシュのビーズはどうだ?やり取りはしているのか?』
王都に工房を持つ、ガラスビーズ職人のバルトシュも大変腕の良い職人らしく、裁縫師も彼の作るビーズを気に入っているようだった。
「はい 彼の技術は素晴らしいです どんな色にも対応して下さるので大変助かっております」
『そうか それはよかった』
近日中にクラヴァットを仕上げてくると言って、裁縫師達は本宮へ戻って行った。
『ロニー 金曜日に届けてほしい』
「かしこまりました 手配致します」
明日は木曜日、食堂で集まる日だ。ベンヤミンもビルも選考を無事通り、正規留学が決まった。それでも解散することなく、相変わらず週に二度集まっているのだ。
皆がいる場では言いにくいからな。金曜日の放課後にドレスのことは伝えよう。
----------
『スイーリ ドレスが完成した 今頃邸に届いているはずだよ』
爽やかな緑の香りが漂うアロニアのカフェで、注文したホットビスケットを待つ間にそれを伝えた。
「ありがとうございます とても楽しみでした 毎日頂いた靴を眺めて想像していたのですよ ああ楽しみだわ 早く見たいです」
『そうか 私はもう少しスイーリと一緒にいたかったが 帰ることにしようか』
途端に慌て出すスイーリ。ごめん、苛めるつもりはなかったのに。慌てふためく姿を見ているとなぜか満足していることに気がつく。最低だな。
「いえ!まだビスケットを頂いていませんから その・・・私もまだご一緒したいです」
『それならもう少しだけここにいようか でも私も早くスイーリが着ているところを見たい とても美しいドレスだったよ』
「夜会用のドレスを着るのは初めてですので 似合うとよいのですが」
何を心配しているんだ。スイーリに似合わないはずがないだろう。
『スイーリのためのドレスだ 勿論似合うさ間違いない』
問題はスイーリではなく私の方だ、と言うことは今は告げずにいよう。
ありがとうございますと言って、ニッコリと笑うスイーリがあのドレスを纏う姿を想像する。
髪は―夜会だから結うのだろうか。今日のように下ろしていると、ドレスの輝きに負けないだけ髪の一本一本が輝いて見えるだろうし、結い上げた姿もスイーリの美しい首筋が露わになって、それもまたたまらなく似合うに違いない。
『うん楽しみだ 早く見たい』
少しだけ頬を染めて小さく頷いてくれた。
「レオ様とこうして放課後にご一緒出来る機会は あと何回あるでしょう そのことも最近よく考えています」
『そうだね このカフェにはこれから何度でも来れるが 制服を着て来るのは最後になるかもしれないな』
「そう思うとまだまだ行っておきたい場所がありますね」
好きなだけ付き合うよ、スイーリの行きたい場所を全て周ろう。
『次はどこがいい?スイーリがよければ一度ブランダにも行かないか?』
足繫く通ったカフェの一つだ。いつも誰かしら知人と会うこのカフェも学生時代の思い出の場所のようなものだ。
「嬉しいです!私もブランダさんには絶対行きたいと思っていました」
『決まりだな その次はスイーリが決めてくれるか?考えておいて』
「はい!たくさんあって迷ってしまいますね 次までに考えておきますね」
卒業までにスイーリと過ごせる日はあと何日あっただろう・・・制服姿もしっかり見ておかないとな。
ビスケットの焼ける香ばしい香りを嗅ぎながら、目の前で真剣に悩んでいるスイーリのことを、そっと眺め続けた。
時系列に沿って書くことが苦手で複数話を同時進行で書いているため、更新順に書き終えている話のストックが残り僅かになりました。今後更新が飛ぶ日があるかもしれません。




