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普段からさほど声が大きいわけでもないベンヤミンなのに、小声で囁くように話し出す。
「レオさ スイーリには何色のドレス贈るんだ?」
『はっ?ベンヤミン今から仕立てるのか?間に合わないと思うが』
卒業式まではあと三週間足らずだ。ベンヤミンは卒業式の晩に行われる舞踏会のパートナーにソフィアを誘うのだろう。舞踏会に参加できるのは、卒業生の他はパートナーに選ばれた在校生だけだ。
「違う違う いくら俺だってそこまで無知ではないぜ」
良かった。初めて贈られるドレスが急ごしらえの間に合わせでは、ソフィアに生涯恨まれても仕方ないからな。
「違うけどさ レオは何色にしたのか気になったからさ」
『秘密だ』
当然だろう、スイーリにだってまだ見せてもいないんだからな。
「えー?!ちょっとでいいから教えてくれよ」
色にちょっとも何もあるまい。思わず吹き出した。
『駄目だ 被ったら被ったで仕方ないだろう 聞くのが半年遅いぞ』
まあ半年前だったとしても教えなかっただろうけれど。
「わかったよ じゃーさ!もう贈ったのか?どうだった?」
何故そこまで気にするのだろうな。聞いてるうちにおかしくなってきて、笑いが止まらなくなってきた。
「えーっそんなに笑うようなことだった?」
『いや・・・なんだ?ソフィアに気に入らないとでも言われたのか?』
ソフィアがそんなことを言うとは思えないのだが、ベンヤミンのこの心配ぶりはちょっと普通ではない。
「いいや まだ贈ってないんだ 俺は絶対似合うと思っているんだけど・・・」
『だったら心配するな』
「そうだな 今から慌てたところでもう間に合わないもんな」
「何の話ー?」
「レオ様とベンヤミン様 楽しそうですね」
イクセルと、散策を終えて戻ってきた令嬢達に声をかけられたため、この話はここで終了だ。
さて。
皆戻って来たし、ここには私達しかいない。
『スイーリ こちらへ来て』
スイーリを隣に呼んだ。
『婚約したんだ』
グラスに手を伸ばしかけていたベンヤミンも、扇子を片手に笑い合っていたヘルミとソフィアも、とっくに知っているアレクシーさえもが目を丸くしている。
「こん やく?」
『ああ』
「婚約って・・・あの婚約?」
「いやいやいやいや もっと詳しく話してくれよ 省略しすぎだろう」
「そうだよ! [寝坊したんだ]とはわけが違うんだよ!どうしてレオはいつもそう大事なことまでーもう!」
何故か一斉に責められている。まさか叱られるとは思っていなかった。困って隣を見るとスイーリは笑っていた。
「血筋ですね 陛下とそっくりって最近になってわかりました」
・・・あんなに酷くはない。一緒にしないでもらいたい。
『と とにかくスイーリと婚約した 四月だ』
なんだか文章が変だった気もするが、これで説明になったはずだ。
「おめでとうレオ スイーリ」
デニスが拍手をする。
「おめでとうございます レオ様 スイーリ様」
アンナが拍手をする。
「おめでとう!」「おめでとうございます」
「二人ともおめでとう!」
皆が大きな拍手を贈ってくれた。
『ありがとう』「ありがとうございます」
「いやびっくりしたけど おめでとう!全く知らなかったぜ」
「よく隠し通せたな 二ヶ月も秘密にしていたというわけか?」
『なんとか広まらずに済んだようだな そしてもうしばらく公表はしない』
この仲間なら勝手に広めるものはいないとわかっている。皆安心しろとばかりに笑顔で頷いてくれた。
「もう誓約書も交わされたのですか?」
「ええ 四月に交わしました」
「おめでとうございます すみません なんだか自分のことみたいに嬉しくて・・・」
アンナが涙目になりながらも喜んでくれている。アンナもフレッドと結婚の約束はしたものの、まだ正式な婚約を結んでいない。遠く離れたフレッドのことを想いながら過ごす日々は、どれだけ長く感じることだろう。
「結婚はいつ?留学前に式を挙げるの?」
『いや 戻って来てからの予定だ』
「それじゃ俺の方が先だな」
今度は一斉にデニスに視線が集中した。
「えっ?デニスも婚約してたの?」
イクセルが驚きのあまり口を閉じるのすら忘れている。
「いや まだだよ シビラもイクセル達と同じ学年だからな 成人してから正式に婚約する予定」
「でもデニス兄はさ 先に結婚式の日取りは決まってんだよ」
オースブリング嬢とは結婚が前提だったからな。交際当初から婚約者だと紹介されていたし、誓約書のあるなしは重要でもないのだろうな。
「それでデニスの結婚式はいつなんだ?」
「二年後の一月だ 皆来てくれるだろう?」
『デニス―』
二年後の一月と言えば、視察から戻って留学に発つその間の期間だ。私達が参列できるようその時期を選んだのか。真冬だというのに。
「その時期なら全員参列出来るな」
「慶んで参列させて頂きます おめでとうございますデニス様」
『ありがとうデニス 必ず参列させてもらうよ ノシュール領で行うのか?』
「皆ありがとう 迷ったんだけどさ シビラが王都の聖堂にも憧れるって言ってるんだけど ノシュールで挙げることにしたよ 祝宴は本邸でやりたかったからさ」
「船だね!船に乗ってノシュール領へ行けるね!」
イクセルが歓声を上げた。船に乗りたいと言っていたものな。しかしその喜びようはどちらが目当てかわからないぞ。
「アンナになるかと思っていたけれど 俺達の中で最初に結婚するのはデニスだったか」
「そのようだな 一番は俺が貰う 皆後に続けよな」
ニヤリと笑ったデニスに見据えられたアレクシーは、大きな声をあげて笑っていた。




