[252]
「暑いなー先に出てるぜ」
「ベンヤミン 上着を脱げばいいだろう」
「僕はもうちょっと見ていきたいな」
温室へ移動して数分後の会話だ。
今日はよく晴れて気温も上がっているから、温室の中はさらに蒸し暑い。ここにはもう真夏の花が咲き始めている。
『ベンヤミン 出るならこっちだ』
中庭に続く出口を案内する。
「おお!出入口が二ヵ所にあるんだな これ便利だな」
涼しい!最高だな、と言いながらベンヤミンは中庭に消えていった。
「ヒマワリが沢山咲いています!思い出しますね」
「ふふ アンナ様はパルード街のことを思い出しておられるのね」
「この花は初めて見ましたわ」
令嬢達はこぞって花に夢中だ。楽しそうに隅々まで見て回っては歓声を上げている。
正直言って私も早く外に出たい。息苦しささえ覚えるほどの蒸し暑さだというのに、笑顔を絶やさぬ令嬢とはつくづく忍耐強い生き物なのだなと感心する。
「ふう・・・僕もそろそろ中庭を見に行こうかな」
「俺も行くわ スイーリお前達暑くないのか?」
「はい兄様 そうね・・・もう外に出た方がいいかしら」
助かった。アレクシーが先に声をかけてくれた、有難い。
『夏が終わったらここで茶会をするよ またゆっくり見に来るといい』
「ありがとうございます レオ様」
「楽しみにしておりますね」
全員で温室を出て、ベンヤミンの後を追う。
「中庭はバラが多いのですね 今日は一日中バラの香りに囲まれて幸せです」
「はい 王宮はバラの種類が豊富ですものね この中庭もこれから令嬢の憧れの場所になりそうですわ」
中庭の作庭も全てヴィダルに任せた。プライベート感の強い裏庭と違い、廊下から見渡せる中庭には華やかさも備えた方が良いのでは、というヴィダルの提案は正しかったようだ。
温室から出た直後は心地よく感じていたものの、日差しを遮るものがない中庭では徐々に暑さを感じてきた。
『もう一つ奥の庭へ行こう そちらには東屋がある』
そろそろロニーが東屋に用意を済ませている頃だろう。
春の短い時期には一面をピンク色に塗り替えていた桜の木々も、今は完全に森の一部として周囲に溶け込んでいる。建物に囲まれていない裏庭は、吹き抜ける風もどこか違って感じた。この宮で今一番好きな場所だ。
「まあ!ここにも泉があるのですね 泉の中に東屋があるわ!」
『ああ あれは池だよ 本宮の側の泉から水を引いているんだ』
「あの泉と繋がっているのですね」
そういやこの九人が初めて出会った日に見に行ったのが、あの泉だった。この時期にはもう白鳥はいないが、もう少しすれば今度は蛍が飛び交うだろう。
『皆暑かっただろう 東屋にロニーが飲み物を用意しているはずだ 涼みに行こう』
「嬉しいねー暑かったもんな 温室」
「お前は五分といなかっただろう」
ベンヤミンとデニスが言い合う姿を見るのさえ懐かしい。なんだかやけに今日は昔を思い出してしまう。
「隠れ家のような東屋ですね」
「ええ 前庭や中庭とは雰囲気が変わって なんだか落ち着くと言うか安らぐ場所ですね」
「花壇がないからなんだろうなー自然のままって感じがする」
皆の感想を聞いて嬉しく思った。
「バードフィーダーがたくさんありますね」
この東屋の屋根に吊るされているもの以外も、木々に吊るされていたり、地面に刺して置いてあるものなど、そこここにバードフィーダーが設置されている。これは本宮で私の私室にヴィダルが来た時、窓の外に吊るされていたバードフィーダーを見かけて、この裏庭にも置くことを提案してくれたのだった。
『朝には早速色々な鳥が来ているよ』
「そうなのか!どんな鳥が来てるんだ?」
ベンヤミンが食い気味になっている。ベンヤミンの鳥好きは、スイーリのそれとは少し方向が違う。
『私は鳥に詳しくないからな 名前はわからないけれど最近見た中では青い鳥が綺麗だったな 腹が白くて背中が青い』
「それオオルリじゃないか!その色はオスだけな! あー待ってたら見れるかな」
『白と黒のまだらな鳥も面白かったな とさかがあった』
「ヤマセミか!この池に来るんだな!あっそれとさかじゃなくて冠羽って言うんだぜ」
・・・・・
クスクス笑う令嬢達に混じってイクセルとアレクシーも苦笑いしている。デニスだけは遠慮することなく大笑いしていた。
「なっ?!どうしたんだ?」
自分が笑われているのだと言うことに微塵も気がついていないベンヤミンが、ぎょっとした顔で驚いている。
「レオですらお前の話にはついていけていないようだぞ」
「ベンヤミン様が大変鳥好きと言うことはよくわかりましたわ」
「あ・・・悪い 俺もしかして夢中すぎた?」
『いや 私はいいと思うぞ 聞いていて楽しいからな』
皆の生暖かい視線に、今更恥ずかしさが込み上げてきたようなベンヤミンだった。
『ベンヤミン今度見に来るか?全ての鳥が来るかはわからないが 朝の方が色々な鳥が見れるはずだ 一晩泊まって朝早くここに来るといい』
「えっいいの?」
『勿論だ』
『そうだな・・・もうじき奥の泉で蛍が見れるんだ 皆も見に来ないか?』
「わー!僕見てみたい!レオ 僕も来る!」
「レオ様 私もお邪魔してよろしいでしょうか 蛍を見てみたいです」
ベンヤミン以外には鳥よりも蛍が人気のようだ。
「いいのか?レオ 来月は相当に多忙だろうに」
『自然は待ってくれないからな 来月を逃したら数年はここで蛍を見ることができないだろう?』
それに、皆には悪いが宮のもの達にもいい練習になるだろうと思う。特にベンヤミンには、ここの料理人の作る料理を早く食わせてみたいからな。
かと言って、確かに七月も中旬以降では時間が取れそうにない。皆とは次の週末で話がまとまった。
「楽しみだね レオは蛍を毎年見ていたの?」
『いや毎年でもないな 去年は見たよ』
言いながらスイーリの方を見ると、嬉しそうな笑顔を向けられた。
「レオ様 少し池の周りを歩いてきますね」
スイーリ達令嬢四人は揃って散策に向かった。
「元気だな 俺は日陰の方がいいわ」
「僕ももう少しここで涼んでいたいな」
東屋に残ったのは男ばかり五人。
「なあレオ ちょっといいか?」
その時ベンヤミンが小声で話しかけてきた。




