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「はぁー腹が減った!めちゃくちゃ腹が減ったぞ 早く食堂に行こうぜ」
午前の対戦が全て終了して、今から昼休憩の時間だ。
今日は年に一度の剣術大会が開催されている。
最後の大会に並々ならぬ気迫で臨んだベンヤミンの四回戦が先程終了した。
『いい試合だったぞ』
「惨敗だよ 全く歯が立たなかったぜ」
ベンヤミンが最後に対戦したのは、一つ年下の騎士科志望生だった。
「悔しいけど 念願の四回戦まで進めたからな まあ満足だよ」
『ああ お疲れ様』
ベンヤミンと連れ立って食堂へ向かっていたところ、イクセルが後ろから声をかけてきた。
「レオーベンヤミンー 二人も今から食堂だよね?一緒に行こうよ」
イクセルの隣にはソフィアとスイーリの姿もあった。
「おう 三人一緒だったんだな 行こうぜ」
今は六月。卒業までは一ヵ月を切った。
先だっては騎士科最後の模擬戦が行われた。初めてアレクシー達騎士科が団体戦を制した。模擬戦を見に行くようになって三年になるが、毎年がこのパターンだ。
例年だと確か年に六回行われてきた模擬戦は、今年度は五回だった。アレクシーは団体戦の大将を一度も務めなかったらしい。上級生が四名だから持ち回りでも一度は巡って来るだろうに。
「俺に大将役は必要ないからさ」
そう言ってカラッと笑っていた。
「イクセルは午後も対戦があるんだな しっかり食っておけよ」
去年は初戦で敗退したと言っていたイクセルは、トントンと勝ち進み四回戦も危なげなく勝利を収めた。
「僕 今年はとってもくじ運が良かったみたい」
勝ったイクセル本人が一番驚いているようだ。
「イクセル様が勝利した瞬間の歓声は凄かったですね」
「ええ 私達の声は完全にかき消されてしまいましたわ」
「次もしっかり応援致しますね」
スイーリとソフィアもイクセルを褒め称えている。
「俺達も応援してるぜ なっレオ」
『ああ 頑張れよ!イクセル』
「う うん・・・」
この場にアレクシーがいたら激しく叱咤するのだろうな。なんとも弱腰のイクセルを見て苦笑いを浮かべた。
午後はそのままベンヤミン達と四人で観戦することになった。
五回戦ともなるとほぼ全ての対戦に騎士科志望生がいるはずだ。さて、イクセルの幸運はまだ残っているかな。
五回戦の二試合目、イクセルが訓練場の中央に進んできた。対戦するのは―
「おっ相手は一年生だな すげーな一年生で五回戦まで進んだのか」
『この間の模擬戦の時見かけたな 観戦に来ていた』
「ってことは騎士科志望か?」
『どうだろうな そうかもしれないな』
まだ一年生だからだろうが随分と小柄だ。イクセルが普段より大きく見える。
『落ち着いてるなイクセル』
「俺達とやる時はいつもヒーヒー煩いのにな なんだか強そうなオーラ出てるぜ」
ベンヤミンのその一言でスイーリとソフィアが笑っている。
「始め!」
イクセルを応援する女子生徒の凄まじい声援が飛び交う。
「凄いな・・・全員イクセルの応援か?」
ベンヤミンは試合よりも声援の大きさに呆気に取られたようだ。
「ふふ・・・」
「ふふふ・・・」
二人がクスクスと笑い出す。
「な なんだよソフィア?スイーリも何がおかしいんだ?」
二人は笑っているだけで答えようとはしない。
『ベンヤミン 聞こえなかったのか?』
「な 何がだよ?」
『お前の対戦の時もこれ以上の声援だったぞ』
「ええ 三年生の方も声援を送っていらっしゃいましたから」
「ベンヤミン様 まさかとは思いますがお聞きになっていらっしゃらなかったのですか?」
「えっ?!本当か?ソフィア」
どうやら聞こえていなかったようだな。それだけ試合に集中していた―と言うことにしておこう。
『おい 今は見てろベンヤミン イクセルが勝つぞ』
「えっ?!」
慌てたベンヤミンが試合に視線を戻した時、イクセル達は剣を構えたままお互いの出方を伺っているところだった。
「なんだ まだ動いてないじゃないか」
『いや 恐らく・・・九割イクセルが勝つ』
「本当か?」
『イクセルは耳がいいからな そして対戦相手も耳がいいらしい』
「へ?」
わー!大歓声が上がった。
「凄い!イクセル様が勝ちました!」
「六回戦進出ですわ!準々決勝!」
「すげー本当に勝っちまった!」
歓声は、対戦を終えた二人が握手を交わして退場した後も続いていた。
あまりの大歓声に、三試合目が開始できずにいる。
「優勝したみたいな盛り上がりだな おっ!噂をしていれば」
イクセルが観客席に戻ってきた。
「凄かったぜイクセル このまま優勝狙おうぜ!」
『おめでとうイクセル 見事だったな』
「素敵でした イクセル様」
「お疲れ様でした イクセル様」
「僕勝っちゃったよ びっくりだね」
つい数分前まで真剣勝負をしていたとは思えないイクセルに、皆笑いを我慢できなかった。
「びっくりなのはこっちの方だぜ イクセルがここまで勝ち続けるとはなー」
「もう無理だよ 信じられないよねー六回戦だよ」
キーン
その時鋭い金属のぶつかり合う音が響いた。三試合目が始まっていたようだ。
「うわっ三年同士か あれどっちも騎士科志望のやつらじゃなかったか?」
先程までの歓声が嘘のように今度はしんと静まり返っている。
『いい勝負だな』
「だな 決勝戦でもいいくらいだな」
どちらも譲らず激しく打ち合っている。こんな対戦も珍しい。
「僕 お腹が痛くなってきちゃったな・・・」
イクセルは唇を白くして、それでも視線は訓練場の中心に釘付けになっていた。
「仮病はよくないぜイクセル 当たって砕けろだ」
「なんだよベンヤミン さっきは優勝を狙えだなんて言ってたのにさ」
いや砕けることはないさ。どちらも決してイクセルが勝てない相手ではないと思うぞ。
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「いよいよ準決勝だねー 一人勝ち進んでるあの二年生 確かベンヤミンが対戦した相手だよね?勝ち残れるかなあ 皆強そうだよねー 誰が優勝するのかな ねっレオは誰が勝つと思う?」
試合の緊張感から解放されたイクセルは、普段の軽く三倍は饒舌だった。




