[248]
『もうすぐ誕生日だね 何か希望はある?』
来週はスイーリの誕生日だ。食堂から馬車までの短い距離を二人で歩きながら、スイーリの希望を聞いた。
「一緒に過ごして頂けますか?家庭教師の授業はお休みしようと思います」
今年の誕生日も平日。誕生日当日はスイーリが家庭教師からメルトルッカ語を習っている日だ。
『喜んで 何がしたい?行きたい場所はあるか?』
「いいえ特には レオ様と一緒にいられたら満足ですから」
そんな可愛いことを言われてもなあ。
『何か思いついたら言ってくれ 私も考えておくよ』
「はい!考えてみますね」
ここ数年はケーキを焼いて祝っていた。前世の私が得ていた知識のようだが、不思議と今でも身体はそれを覚えている。今年も焼こうか。けれどそうなるとまた王宮で過ごすことになるんだよな。どこか別の場所へ連れ出す方が喜ぶのではないだろうか。そう思って今年はまだ決めかねていた。
----------
『スイーリ 十七歳の誕生日おめでとう』
「ありがとうございます」
泉が見えるテラスで、ケーキを前にほんのりとピンク色をしたシャンパンのグラスを合わせている。
結局今年も同じ場所で、同じような時間を過ごすことになった。
これがスイーリの出した希望だった。
「レオ様 今年もレオ様のケーキをおねだりさせて下さい」
八番街へ行けばいくらでも旨いケーキを出す店はある。王宮製菓長のカールが作るケーキだってそれに劣ることのないものだし、ダールイベックにも腕のいい料理人はいる。何も私の作る拙いケーキでなくても・・・と思ったのだが。
「だってレオ様のケーキを食べることが出来るのは 私だけなのですもの 一年に一度きりの特別な味です ダメ・・・ですか?」
そんな風に言われてなお断ることができるやつがいるなら、顔を見てみたい。
『わかった 上手くはないが心を込めて用意するよ』
前日の夜、久しぶりに厨房に顔を出した。
「殿下ここでお会いするのはお久しぶりでございますね この日を楽しみに待っておりましたよ」
『カールと菓子を焼くのも今夜が最後だな』
深い意味もなくそう言ったところ、カールは大袈裟に悲しんで見せた。
「そんなことおっしゃらずにいつでもいらしてください 私が王太子宮へ伺うことだって出来ますよ」
王族の面倒な道楽と思うことなく、いつも快く手を貸してくれたカール。最後までその姿勢は変わらなかった。
粉をふるい、砂糖を量る。卵を割り、量った砂糖を加えて泡立てる。
つくづく不思議だな、この一連の動作に迷うことがない。
粉をもう一度ふるいながら混ぜていたところへ、小鍋で溶かしたバターをカールが注ぎ入れた。
型に流し入れてオーブンへ運ぶ。
ケーキが焼けるまでの間、カールの淹れた茶を飲みながら休憩だ。
「殿下 今年は少しだけ趣向を変えてみてはいかがでしょう?」
『趣向?』
「カールによい案がございますよ」
・・・・・
『そうしよう』
「準備はお任せ下さいませ」
『ああ 頼むよ』
無事焼き上がったことを確認したところで今夜は終了だ。
「明日までしっかり保管しておきます ご安心くださいませ」
『うん 明日の夕方また来る』
「はい!お待ちしておりますよ」
そして誕生日当日。一度着替えに帰りたいとスイーリが言っていたため、私は一人で先に王宮へ戻っていた。着替えを済ませて厨房へと向かう。
夕方の厨房はさながら戦場だ。たとえ私を邪魔だと叱り飛ばすものがいなかったとしても、この場所に長居するつもりはない。
カールがあらかじめワゴンの上に必要なものを全て揃えてくれていた。それをロニーが手早く受け取り、厨房の外へと運び出す。そのままワゴンを押してこの部屋に向かった。
昨日の晩に焼いたケーキを三枚にスライスする。ケーキに挟む苺も薄く切った。
それから大きなボウルに入れられたクリームを泡立て始める。砂糖と練乳を入れて。
柔らかく泡立ったところで、半分を小さなボウルに移して更に泡立てる。しっかりと角が立ったら完成だ。
スライスしておいたケーキにシロップを打ってクリームを乗せる。切った苺を並べて上にクリームを重ねる。それを二度繰り返す。
積み終えたケーキの上に、今度は柔らかいクリームをたっぷりと乗せる。ヘラを使ってクリームをならす。初めに上面を、それから側面を。
「本当に一年ぶりでございますか?」
答えを誰よりも知っているロニーだ。揶揄っているのか?
『これが最後になるだろうな』
「スイーリ様が残念に思われるのでは」
どうだろうな、でもこれからはブルーノが焼いてくれるさ。
クリームを絞り袋に入れて一息ついていたところに、スイーリが到着した。
「王子殿下 ダールイベック様がお見えになりました」
今日のスイーリは、白に近い淡いピンク色のドレスを着ていた。ピンクもよく似合うな。でも多分どんな色を身に着けようと似合うのだと思う。スイーリの白い肌と艶やかに輝く黒髪に似合わない色はない。
『スイーリ ちょうど用意が終わったところだ』
「レオ様 お招きありがとうございました」
共に過ごす五度目の誕生日。今年もこうして無事迎えることが出来て何よりだ。
「ありがとうございます ケーキを用意して下さっ て・・・?!」
困惑したように口ごもってしまったのは、目の前にあるのが白く塗られただけで一切の飾りがないケーキだからだろう。
『一緒に飾り付けをしようか まだ完成していないんだ』
ケーキを飾るためのフルーツやらクッキーやらを、カールが沢山用意していた。これだけでも数人分の茶菓子になりそうだ。
「楽しそう!私にもできるかしら」
嬉しそうに瞳をキラキラさせている様子を見ると、カールの提案は大成功だったな。
『まずクリームを絞ろうか やってごらん』
絞り袋に入ったクリームをスイーリに渡す。
『右手でねじってある部分を持って・・・うんそう 左手はこの辺り』
スイーリの手に自分の手を添えて教える。
『右手で押し出しながら絞るんだ 自由に絞っていいよ』
「はい やってみますね」
スイーリが恐る恐るケーキの端にクリームを絞り出す。
「あっ少し曲がってしまいました」
『大丈夫 とても上手だ どんどん絞ってごらん』
器用だな、初めてとは思えないほどスイーリは見事にクリームを飾っていく。
「できました!」
『うん 上手いなスイーリ カールにも見せてやりたいくらいだ』
「次は苺ですね!」
楽しそうだな、こんなささやかなことでも喜んでくれるスイーリがとても愛おしい。
『カールが張り切ってこんなに用意してくれたんだ せっかくだからこれも使ってやろう』
皿の上に並んでいる花の形をしたチョコレート細工や砂糖細工、型抜きしたクッキーなどもスイーリの前に置く。
「可愛い!とっても素敵なケーキになりそうですね」
『うん 飾っていこうか』
「はい!
やっぱり最初は苺ですね ふふ」
ひとつずつ丁寧に苺を並べていく。並べ終わったスイーリは首を捻って少しだけ不満そうな声を漏らした。
「何か違います レオ様が作って下さった時みたいに苺がツヤツヤしていないわ」
カールは素晴らしい製菓長だ。彼の準備に一切の抜かりはない。このスイーリの訴えに応えるべきものはしっかりと用意されていた。
瓶の蓋を開けて、刷毛を浸す。持ち上げるとトロリとした透明の液体が雫を落とした。
『これを塗るんだ』
ひとつだけ塗ってみせる。苺は艶やかに輝きだした。
「これです!キラキラして美味しそうー」
瓶と刷毛をスイーリに渡す。
苺に刷毛を滑らせながら、これ以上ないくらいの笑みを浮かべている。
「レオ様 どうでしょう?塗り終わりました」
『うん ツヤツヤ旨そうになった』
いつもはここで完成だが、今日は更に飾りを乗せる。
スイーリは近寄ったり、少し離れたりしながら一つずつ飾りを慎重に乗せていく。最後に水に差してあるハーブの葉を何枚か摘んで添えた。
「出来た・・・ 出来ました!可愛いー!」
『今までで一番の出来だ スイーリのおかげだよ』
「ありがとうございます レオ様 とても素敵な誕生日になりました」




