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「レオ 今終わったぜ」

レノーイのところへメルトルッカ語を学びに来ていたベンヤミンが訪ねてきた。今日ここへ来ることを聞いていたので、授業が終わったら声をかけるよう言っておいたのだ。


『お疲れ様 今度は少し散歩でもどうだ?』

「え?散歩?珍しい誘いだな」

予想外だったのか、怪訝な表情を浮かべたベンヤミンと共に廊下に出た。



春の初めにスイーリを連れて歩いたレンガの路をベンヤミンと歩く。

「こっちに続く路もあったんだな」

『ああ そう遠くはない すぐに着く』

「ん?どこかに向かってたのか? ―あっ?こっちにも城?じゃないよな 宮殿・・・王太子宮か!」

話している途中で見えてきた。ベンヤミンも知らなかったのか。意外と知られていないものなのだな。


『当たり ベンヤミンにも見せておこうと思って』

「レオの宮かー もう引っ越したのか?」

『いやまだだ 六月には移ろうと思ってる』


庭を歩いていると、庭師達が熱心に花がらを摘み取っている最中だった。

開いている窓からは笑い声が聞こえる。

「城とは雰囲気が違うな」

確かにそうだな。本宮では使用人の笑い声を聞くこともない。ここがまだ本格的に機能していないからかもしれないけれど。


近くの扉から中に入ろうと近づいたところ、ベンヤミンがそれを止めた。

「なあ 初めてだし正面から入ってもいい?」

『ああ 勿論構わない じゃ歩こうか』

「うん やっぱさ 一番最初の感動ってちゃんと味わっておきたいよな」


なんとなく合理主義の印象を持っていたベンヤミンが、こんなことを言い出すのは少し意外な気がした。長く付き合っていても理解しきれていなかったのは、お互い様と言うことなんだな。


角を曲がり、前庭を歩く。建物に沿って一列に植えられている鳶尾が満開だった。

「おーもうアイリスが咲いているんだな 早いなーうちの邸にも植えてあるけどまだひとつも咲いてなかったぜ」

そうだろうな。これより先に咲くアイリスはないからな。


『これはさ 一番先に咲く品種なんだよ この宮の名前にもなっている 鳶尾と言うんだ』

「へえー!イチハツ宮か 花の名前にしたんだな いいな!響きもいいよ イチハツ・イチハツよし!憶えた!」

ベンヤミンには好印象だったようだ。安心した。



庭を見ながらのんびり歩いていると、入り口で警備をしていたらしい騎士が駆け寄ってきた。

『もう警備に就いていたのか』

「はい!いつでもこちらにお移り頂けますよ!」

『そうだな 出来るだけ早く来るようにするよ』



「ほわー--」

何とも気の抜けた第一声だ。ベンヤミンは呆けたように頭上を見渡している。

「すげー明るいな 驚いた なんかさ城と似たような感じなのかなと勝手に想像してたらしいわ」


『元々は似たような雰囲気だったんだ 白く塗り替えたんだよ ノシュールの城が明るくて居心地よかったからさ』

そうなのだ。壁の色を変えたのはノシュール本邸の影響だった。

「そうだったんだ 嬉しいね 本邸のこと気に入ってくれていたんだな」

『ああ いい城だよな』


階段を上りとある部屋を目指す。

「片側にしか部屋がないんだな」

『明るくていいだろう?』

「うん いいなこれ 俺もいつか邸を持つときは廊下に窓つけたいわ」

ベンヤミンは新しい邸を建てるつもりでいたのか、それも知らなかった。



『ここ 入って』

扉を開けて促す。

「おお!執務室か?いいね俺好みだな」

言いながら笑っている。


『気に入ったか 自由に使ってくれ』

「え?」

『ベンヤミン 卒業後は・・いや卒業後も・だな 私を助けてもらえないか 力を貸してくれ』


二三度目を瞬かせたかと思うと、胸に手を置いて深く頭を垂れた。

「微力ではございますが 誠心誠意お仕え致します 末永くよろしくお願い致します 我が主」

『ありがとうベンヤミン 私こそよろしく頼む 頼りにしてる』



『言うのが遅くなって済まなかった ベンヤミンにはさ 言わなくても通じているような気がしてつい・・・傲慢だな』

「そんな風に思わなくていいぜ 俺は今純粋に喜んでいるんだからさ 俺のこと信頼してくれてんだな」

『当然だろう』

ベンヤミンはそう言うが、言葉にして伝えることを怠った私が悪い。親しい間柄に甘えていた。


「てかさ本当にここ俺の部屋?」

『ああ ベンヤミンのために用意した 使いやすいように自由に変えてくれて構わないからな』

「充分使いやすそうだぜ このまま使わせてもらうよ

 なあ!レオの執務室も近くにあるのか?」

『隣だ 見るか?』


隣の部屋へ移動する。

「・・・ああ うん そうだな レオらしいわ 言われなくてもわかる ここはレオの部屋だわ」

なんとも微妙な気持ちになる感想をもらった。

まあいい。ベンヤミンの執務室のことは気に入ったらしいからな。



そこへタイミングよくロニーが来た。先回りして準備してくれていたようだ。

「レオ様 談話室に用意しております」

『ありがとうロニー

 ベンヤミン 茶でも飲んでいってくれ』



「うん ここもいい感じだな」

談話室もお気に召したようだ。ここは私も気に入っている。淡いクリーム色の壁から茶の調度品まで同系色でまとめられていて、寛げる雰囲気だ。


『どうだメルトルッカ語の方は 仕上がりそうか?』

「任せてくれよ 必ず受かってみせるからさ」

『それを聞いて安心した』

選考は来月に入ってすぐだったはずだ。ベンヤミンもビルも問題ないだろう。充分に準備してきたからな。



「ここにはさ すぐ来ていいのか?」

『そのことなのだが』

直轄地に関する話はビルもいる時にまとめて説明しようと思う。今日は視察の話だけにしておこう。


『八月は直轄地の視察に行ってくる 下旬には戻れると思うから それからで構わないぞ』

「行くよ俺も いや連れて行ってくれよ」

『宿も市場もないような町だ 不便をかけるぞ』


真面目に案じてそう言っているのに、ベンヤミンは笑い出した。

「何言ってんだよ 王太子が滞在するのに俺が無理なわけないだろう?逃げ出したりしないから安心しろよ 連れて行ってくれよな」


『わかった 八月三日に発つ 準備しておいてくれ』

「うん ありがとな

 それにしても直轄地も様々なんだな 市場もないようなところもあるなんて知らなかったぜ」

そうだな、二年前に二人で行ったドゥクティグ卿が代官を務める直轄地は、小さいながらも必要なものは全て揃った町だった。市場くらいは全ての町に置きたいよな。


いずれ全ての直轄地を任されることになる。他の直轄地の状況も少しずつ把握しておいた方がよさそうだ。秋以降にベンヤミンと進めることにしようか。

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