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スイーリを送り王宮に戻る。着替えを済ませて机の上に置かれている新たな書類に手を伸ばす。
従者の二人はぴたりと壁に張り付くように立っている。
陛下の執務室では見かけたことがなかったんだよな。いつもどこでどのような仕事を与えられているのだろう。たまたま私が伺った時間にいなかっただけなのかもしれないけれど。
まあいい、私とは十日かそこらの付き合いだ。深く知る必要はない。
書類の下から手紙が出てきた。アルムグレイン家からのものだ。封を切って手紙を取り出す。そこには貝の細工がまとまった量になったため、こちらへ送った旨が書かれていた。
しかしその細工はこの部屋には届いていないようだ。直接裁縫室に届いていればそれで構わないのだが。
『この手紙を受け取ったのはどちらだ?』
二人の従者に念の為確認を取る。
「はい 私が受け取りました」
答えたのはマンネル公子だった。
『手紙と一緒に届いているものがあるはずなのだが それは確認したか?』
「はあ・・・いえ 何もありませんでした」
『そうか』
この手紙は明らかに細工に添付されてきたものだ。万が一本当に届いていないのならば早急に探さなくてはならない。今すぐ確認に行きたいが、何もなかったと断言されては言い出しにくいな。
『早いが二人はもう休んで構わない』
こうなったら一人の方が自由で気楽だ。
そう思ったのに、フェルダール公子は仮面のように表情を変えず返事を、いや反論をしてきた。
「お食事がお済でございません 殿下がお食事を抜かれないよう気を配るように言付かっております」
誰だよ余計なこと言ったのは。子供じゃないんだ、飯くらい一人でも食うさ。
『わかった 簡単なものでいいからここに用意してくれるか』
「承知致しました」
そして二人揃って出ていく。
しばらくしてワゴンと共に戻った二人を今度こそ下がらせると、すぐに扉を開けた。
『ヨアヒム?!』
扉の外にはヨアヒムが立っていた。
「ロニー殿から頼まれておりました 殿下がお一人で行動することがあるだろうから補佐につくようにと」
参ったな、一日でここまで根回ししておいたのか。
『悪いなヨアヒム 二ヵ所ほど確認に行きたいところがある』
「お供致します」
まずは裁縫室へ向かった。まだ人が残っているといいのだが。
「殿下!いかがなされましたか?」
裁縫師が血相を変えて走り寄ってきた。
『ああ 済まないな ロニーが休暇中だから直接私が確認に来た 今日アルムグレインから細工が到着したようなのだが ここに届いているかな』
「あの貝のビーズでございますね!いえ ここにはまだ届いておりません」
『そうか』
処分されることはないだろうが、どこかに紛れ込んでしまっては探し出すのも一苦労だ。なんとしても今日のうちに見つけ出さなくては。
『なるべく早く見つけるよ 早く作業に取り掛かってもらいたいからな』
「殿下 こちらでお探し致します」
『いやいいよ もう片付けていたのだろう?勤務終了だ 今日中に見つからなかったら明日は協力をお願いするよ』
「申し訳ございません かしこまりました」
裁縫師は何も悪くない。申し訳なく思う必要など全くないのだ。
次に書簡管理の部署へ向かった。手紙は間違いなくここを通っている。ここで聞けばきっと細工の行方もわかるだろう。
ここでも大袈裟に出迎えられた。
『今日私宛にアルムグレインから手紙が届いたのだが 同時に届いているはずの荷が見当たらなくてね』
「殿下!こちらでお預かりしております」
あっさりと見つかった。いや紛失さえしていなかったようだ。
「本日お見えになった殿下の従者に手紙と一緒に確認して頂きましたが そのままここに残して行かれまして てっきり後から取りに来られるものと・・・申し訳ございませんでした」
いや、彼も全くもって悪くない。申し訳なく思わないでほしい。
『助かったよ 探し回らずに済んだ』
だが今から裁縫室へ運ぼうにも、もう閉っているだろう。明日の方がいいな。
『明日裁縫室へ届けてくれるか?』
「かしこまりました 必ず明朝お届け致します」
『済まなかったね 迷惑をかけた』
「とんでもございません」
用件は済んだ、戻ろう。
自室に戻り、今日の報告を簡単にまとめる。
~アルムグレインから細工が届いた。
・・・一行で終わったな。
自分でも短すぎるとは思ったが、他に書けるようなこともない。
・・・少し考えて付け足した。
ゆっくりと休めているか?ロニーが準備してくれたおかげでこちらは問題なくやっている。安心して休暇を満喫してくれ。
最後にサインを入れて封をした。
程なくして静かに扉を叩く音が聞こえた。
『フロード そちらは問題なかったか?』
「はい ロニー様は本日は主に読書をしてお過ごしでございました」
『そうか 私はこれを』
つい今しがた書いた報告を渡す。
「はっ!確かにお預かり致しました 確実にロニー様へお届け致します」
どこを通って帰るつもりなのだ。まるで敵国へ密書でも運ぶかのようなフロードの言葉に笑いそうになった。
こうしてロニーの休暇一日目は終了した。




