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『ロニー 彼らは今どうしている?』
「はい 基本的には毎日邸におります」
トローゲンの邸に仕えている七名の密偵達の話だ。どうやら今は長期の任務に就いているものはいないらしい。
『頼みたい重要な案件があるのだが 直接会って話すことは可能だろうか』
「もちろんでございます 今呼んで参りましょうか」
『いや そこまで至急ではないから近日中で構わないよ』
「かしこまりました 明日のお戻りに合わせて呼んでおきます」
『ありがとう』
そうだ。この極めて重要な案件は、どうしても自分の口で直接説明する必要がある。そして必ず完璧に遂行してもらわなくてはならない。
「直轄地絡みの案件でございますか?」
ロニーが思案顔をしている。だが今説明するわけにもいかない。
『いや 王都内のことだ ロニーにも協力してもらわなくてはならない 詳しくは明日説明する』
「かしこまりました お任せ下さいませ」
『ああ 是非とも頼む』
そうなのだ。密偵達の力が必要不可欠ではあるのだが、ロニーの協力なしでは不可能なことなのだ。一切の内容がわからぬうちから任せてくれとは頼もしいな。
翌日、学園から戻り一息ついたところへ彼らは全員揃ってやって来た。まさか全員で来るとは思っていなかったのだが、これは都合がいい。
リーラとグレーンが茶の用意を済ませ、ロニーも含めた九人でテーブルを囲む。
『皆変わりはないか?』
「はい 殿下のご配慮を賜り交代で休暇も頂戴しております」
いいことを言ってくれた。これでますます話が進めやすくなった。
『ところで 本題に入る前にロニー そろそろ休暇を取ってもらおうと思ってね』
何度催促しても半日足らずの休みしか取らない。ロニーのことだからその時間も王宮の外で働いていたのだろう。ビルと何度も会っていたように。
ロニーが早くも何かを察したような顔をしている。だがもう遅い。私には今七人もの味方がいるからな。
『ロニーにも都合があるだろうから一方的に決めるわけにもいかない いつからだったら休暇に入れそうだ?』
『急ぎの案件はないよな?今がちょうどいい時期だ』
『六月の中旬を過ぎるとまとまった休みは暫く与えられそうもないからな やはり今だな』
ロニーが断りの文句を思いつく前に、矢継ぎ早に言い含める。
その後はじっとロニーの顔を見つめた。こうなったらあとは根比べだ。首を縦に振るまで目を逸らさず待とう。
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「ありがとうございます では明日―」
『よし!明日からだな
皆には明日から十日の間 ロニーが一切の仕事をしないよう見張ってもらいたい どんな些細なものも不可だ 見かけた場合は取り上げるなり部屋から追い出すなり自由にして構わない』
一人を除いて皆が満面の笑みを浮かべている。一人を除いて。
『ロニー 私にはこれからもロニーの手が必要だ 肝心な時にロニーに倒れられでもしたらかなわないからな 頼む休暇を取ってくれ』
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『と言うわけで今ロニーは休暇中なんだ』
「それで今日は別の方がお迎えにいらしていたのですね」
いちごのタルトへとびきりの笑顔を向けていたスイーリに、ざっと経緯を説明する。
ロニーが、今回のようにまとまった休みらしい休みを取るのは初めてのことだった。いつも半日かせいぜいが一日程度だったため、その間はオリヴィアが身の回りの世話に来ることが多かったのだが、今回は陛下のところにいる従者が二人私のところへ来ている。
それも事前にロニーが根回ししてきたことなのだが。
『フェルダール公子とマンネル公子だ どちらも期限付きで陛下の従者に来ているものだよ』
政治学科へ進まなかった貴族の嫡男達だ。陛下だけではなく、高位貴族の元にも二人のような期限付きの従者が何人かはいるものだ。
「マンネル様はベーン領の方ですね?イクセル様からお名前を伺ったことがありました」
『うん 歳はデニスと同じらしい 昨年バッケル校を卒業して陛下の従者に入ったんだ』
マンネル公子は子爵家の嫡男だ。私が記憶している限り陛下が子爵家から従者をお取りになったのは初めてだと思う。
まあ彼の話はいいだろう。短期間の付き合いだしな。それよりもロニーだ。
純粋に労いたいという気持ちも勿論なのだが、それと同じくらいロニーの交友関係も心配だったのだ。
ロニーもトローゲン家の嫡男、いずれ伯爵位を継ぐものだ。私が心配することでもないのは重々承知の上だが、そろそろ結婚を考えてもいい頃だと思う。
プライベートに関することは一切聞かないできたからな。ロニーに恋人がいるのかどうかすら知らない。いるのだとすれば、こんなにも休みを与えない主になど仕えるのを辞めてくれと言われそうだし、いなければいないで、やはり休みを取らせない私のせいでトローゲン家が断絶の危機に陥っていることになる。どちらにしても最悪だ。
十日程度の休みでどうなるわけでもないことはわかっている。今後はなるべく定期的に休ませよう。
「ビルさんがいらして下さったら ロニーさんもお休みを取りやすくなりますね」
『そうだな ビルならばロニーも安心して任せられるようになるだろう』
ビルの話で思い出した。視察の話をしておこうと思っていたんだったな。
『スイーリ ダールイベック領の一部返上の話は聞いている?』
「はい ビョルケイ家の本邸のあった町周辺を返上したと聞いています」
『うん この夏その町へ視察に行くことになってね 八月はほぼそれで潰れると思う』
「まあ!レオ様が直々に視察に行かれるのですね」
公爵は返上の話しか聞かせていないようだ。その話は今日はいいか。別段楽しい話題でもないしな。
『宿もない町だからな 令嬢を案内することも難しい いつか設備が整ったら一緒に見に行こう』
「はい 町の様子を伺うのを楽しみにしていますね」
『出来るだけ早く戻れるようにする 行きたい場所ややりたいことを考えておいて』
「はい わかりました
―レオ様 最初はお茶会にしませんか! 全員で集まりましょう!皆さんと相談しておきますね」
九人での時間をスイーリも大切に思っていることが嬉しかった。




