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[238]spin-off

入学して三ヵ月が過ぎようとしていたある日曜日、寮に俺を訪ねてきた方がいた。

王都に知り合いのいない俺を訪ねてきたと言うのは誰だろう?

談話室でお待ちだと言われ、俺は急いで向かった。



中に入ると、見知らぬ男性が一人窓の外を眺めていらっしゃった。

「大変お待たせ致しました ヴィルヘルム=ハパラです」

その男性はゆっくりと振り返った。初めてお見かけするお顔だったが、一目で貴族とわかる身なりと所作だった。俺より十歳ほど上だろうか。


「お休みのところいきなりお邪魔して申し訳ございませんでした ロニー=トローゲンと申します」

貴族の方にこのように丁寧に扱われて、驚いてしまった。

「と とんでもございません」

こんな時どんな返答をするのがよいのだろう。会話術の勉強をしてこなかったことをとても後悔した。


「まずはお掛けください ゆっくりお話しさせていただきたいのですが お時間はございますか?」

「はい!時間はございます」

トローゲン様が座られた向かいの椅子に急いで座った。



「改めて自己紹介させて頂きますが 私 レオ王子殿下の従者を務めておりますロニーと申します」

「レオ様の?」

しまった・・・つい学園でお許しいただいているからと、お名前を言ってしまった。

背中を冷や汗が伝っていくのがわかる。


「まず先に本日の用件からお話しします

 ハパラさん 突然ですがご卒業後の予定はお決まりでしょうか?」

「いえ まだ何も決まっておりません」


「王子殿下にお仕えする気はございませんか?」

え?


俺が?


レオ様に?



あまりの驚きで言葉を失ってしまった。

初めて領主様にお会いした時以来、いやあの時以上の驚きだ。


「勿論今すぐ返事を頂戴したいというわけではございません 今後じっくりご検討頂ければと思います」

俺が返事を返さなかったことで、躊躇っていると誤解されてしまったのかもしれない。それだけでも急いで訂正しないと!


「申し訳ございません あまりに光栄なお話しで その驚いてしまって あの躊躇ったのではございません」

心臓がばくばくと脈打っているのがわかる。こんな時上手く場を繋ぐにはなんとお答えすればよかったんだろう?トローゲン様に呆れられてしまったんじゃないかな。


そんな俺の焦りや不安を全て見透かしているような双眸が、ふっと和らいだ。

「やはりあなたに来ていただきたい 今確信致しました」

え?なんで?

今俺は相当慌てふためいているのに。この突然降って湧いたとてつもないチャンスを前に、俺は今にも飛び出してしまいそうな心臓を抑えつけるので精一杯だと言うのに。


「トローゲン様 身に余る光栄なお話しでございますが 私は地方から出て来たばかりの平民でございます 私が王子殿下にお仕えさせて頂くことなど 分不相応にも過ぎることでございます」

本当はすぐにでもお受けしたい。お仕えさせて頂きたいと思ったけれど、俺は平民だ。王都の学園を卒業した平民はどのような職につくものなのだろう。こんなことならもっと早くにそれを調べておくんだった。


「ハパラさん お伺いしますが殿下は一度でもあなたの身分について 辛辣な言葉をおかけになったことがございましたか?」

「いいえ!」

俺は両手を握り締めて強く顔を上げた。

「決してございません」

俺の答えをトローゲン様は知っていたかのようだった。

「はい 殿下はそのような判断基準をお持ちの方ではございません 今後その件についてだけは口にされないで下さい 殿下も悲しまれますから」


「はい・・・ありがとうございます」

そうお答えすると、俯いて瞬きもせずに自分の拳を見つめ続けた。目の奥が熱くなってきて、そうでもしていないと何かが溢れてきてしまいそうだったから。


「それと 私のことはロニーとお呼びください トローゲンと呼ばれることがありませんので 自分でも誰のことを指しているのかわからなくなるのですよ」

トローゲン様はそう言うと眉を下げて困ったような笑みを浮かべられた。

「承知致しました ロニー様 私のこともどうかビルとお呼びくださいませ」

「わかりました ビルさん」



「ロニー様 何故私なのでしょうか?」

王宮のこと以前に王都の右も左もわからない、こんな俺がどうして。いやそれ以前に何故レオ様の従者を務めていらっしゃる方が俺のことを知っていたのだろうか。疑問は山のようにあった。


「ビルさん ご本人だと気がつかないものなのかもしれませんね あなたのお噂は今王都中に響き渡っているのですよ」

「えっ?!・・・」


「当然です 地方推薦者と言うのはいつも大変な注目を浴びるものですが あなたはそれこそ平民でそれを成し遂げられた 間違いなく中央の官僚も数多くの高位貴族もあなたに関心を向けています」

「私を・・・」

信じられない。今年学園に入学したばかりの俺を?地方から来ただけで他に何が取り柄と言うわけでもない俺を?


「ですからいち早くあなたにお会いしたかったのですよ 他に取られる前にね」

そう言うとロニー様は、強い欲をはらんだ目で俺を見ながら口角を上げた。


「殿下はご卒業と同時に王太子に任ぜられます お住まいも王太子宮に移られ使用人の数も格段に増えます 私一人で全てをまかなうのは難しくなりますので 優秀な従者を探していたのですよ」

「まさか私を従者にお取立て頂けると・・・」

「はい ビルさんなら殿下もご満足頂けるでしょう」


信じられない。

ほんの数か月前まで国境の町で暮らしていた俺が、レオ様の従者に・・・。興奮してどうにかなってしまいそうだ。

「ありがとうございます ご期待に沿えるよう精一杯努力致します」

「こちらこそ感謝致しますよビルさん

 そうだ大切なことを忘れるところでした ビルさんは専科へのご進学はどうお考えですか?」


専科、政治学科のことかな。領主様からは推薦の心配は必要ないだろうから是非進むようにと言われていた。でも今のお話しだと、レオ様の従者はご卒業と同時に必要なんじゃないかな。

「ビルさん 私は専科を出ております ビルさんが希望されるのなら是非進学されることをお勧めしますよ そのくらいは待ちますからご心配は無用です」


領主様もロニー様も、どうして俺の心の中がわかるんだろう。驚きと感謝が混ざり合って胸がいっぱいだ。

「わかりました 僅かでも殿下のお役に立てますよう専科へ進ませて頂きたいと思います」

俺がそうお答えすると、ロニー様は立ち上がって右手を差し出された。


「よろしくお願い致しますビルさん 今後何かございましたら遠慮なく私にお伝えください 遠慮は不要でございますよ」

「よろしくお願い致しますロニー様」



この時はすっかり専科への進学を心に決めていた。でも結局俺は専科へは行かなかったんだ。

ビルのお話しはこれで終わりです。次話から本編に戻ります。


残るスピンオフはあと一人です。

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