[236]spin-off
「ヴィルヘルム=ハパラでございます」
両膝を床につけ、深く頭を下げ続ける。
「そんなにかしこまらなくて良いぞビル」
あれ?この声・・・
「立って顔を上げなさいビル ワシのそばにおいで」
慌てて立ち上がり顔を上げると、そこにいらしたのはさっきとは全然違う立派な服を着たお爺さん・・・
「領主 様?」
「パトリック=ボレーリン この城の守りを任されているものだ」
領主様だ!俺はもう一度慌ててしまって、大きく頭を下げた。
「こらこら かしこまるなと言ったばかりだぞ さあこちらへ」
ドキドキして父さんを見上げたら、ニコッと笑って大きく頷いた。それを見たら少し安心できた。
俺はゆっくり領主様の前へ進む。
「驚かせて済まなかったな ビルとじっくり話がしたいと思い飯を食いに行ったのだ」
なんとお答えしたらよいのかわからなくて、とりあえず頭を下げた。
「ニルスから聞いた以上だ どうだビル これから毎日ここに来んか?」
えっ?どういう意味だろう?俺はぽかんとしてしまって、きっととても間抜けな表情をしてしまっていたに違いない。
「好きなだけ本が読めるぞ?それとお前の勉強を見てやるものもつけてやろう」
本を好きなだけ?あの沢山の本を毎日読んでいいの?
「ハッハッハッ その顔は交渉成立のようだな 後のことはお前の父さんと話をしておこう ビルは時間まで本を読んでいていいぞ」
「ありがとうございます 領主様」
領主様の横に並んでいた騎士様の一人が近づいてきて、図書館まで送ってくれることになった。
なんだかよくわからないけれど、父さんの言っていた通りになったみたいだ。きっと今日は俺にとってかけがえのない一日。
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あれから八年が過ぎた。俺はボレーリン領の学園試験を受けた。結果は合格。秋からは学園に通うことが出来るんだ。
今日は父さんと一緒に領主様へ謁見させて頂くことになっている。俺が合格できたのも、あの時お声をかけて下さった領主様のおかげだ。三年間精一杯頑張って、卒業後は領主様にお仕えしたい、そうお伝えしようと思っていた。
領主様の隣には初めてお見かけする方が座っていらっしゃった。領主様と同じくらいのご年齢だろうか、服装からは騎士様というより学者のような雰囲気が漂っている方だ。
「久しぶりだなビル まずは合格おめでとう」
「ありがとうございます 領主様」
「今日はな このものがどうしてもビルに話があるというのでな」
領主様が隣にいらっしゃる方をご紹介下さった。
「合格おめでとうビル 私は王立学園ボレーリン校の学園長を仰せつかっているマティアーシュ=メレフと言うものだ 君と君のお父上に大切な話がある」
学園長様が俺に何を?合格はしたんだよね?
「ビル 王都の学園へ行かないか 私としては是が非でも君を王都へ行かせたい」
驚いて声が出なかった。そういう制度があることは知っていた。でもまさか俺が・・・
「ビル お前の頭はワシの想像を遥かに超えていた ここに置いておくわけにはいくまい」
ボレーリンにいてはいけない?
「領主様 それはどういう意味でございましょう」
「これほど優秀なものを 王都に知らせずこの地に留まらせていることがもし陛下のお耳に入れば 叛意の企てありと思われかねぬということよ」
叛意、その恐ろしい言葉に慌てて領主様のお顔を見上げると、口角をぐいと上げて笑っていらっしゃる。どうやらそれは冗談のようだが、そこまで俺のことを買って下さっていることに震えるほど感謝した。
「勿体ないお言葉でございます」
行きたい、王都に行ってみたい。本当ならすぐにでも飛びつきたいけれど、俺は平民だ。父さんの絵のおかげで不自由ない暮らしはできているけれど、王都へ行くなんてとんでもなく金がかかる。そんな負担を両親に背負わせてまで行くことは出来ない。ボレーリン校でだって充分勉強は出来るんだ。
「金の心配ならする必要はない」
領主様は俺の心を見透かしたように告げられた。
「地方校からの推薦を受けたものは学費が全て免除される ボレーリン校へ通うよりも親孝行できるぞ」
学園長様は眼鏡の奥で優しく微笑んだ。
「旅費の心配も無用だ ビル お前が王都へ行くことはワシのためでもあるのだからな せめて支度くらいは手伝わせてくれ」
もう俺の心は王都へと向かっていた。でも父さん、父さんはどう考えているの?父さんの顔を窺う。
「どうだニルス お前の意見も聞かせてくれ」
「有難いお言葉の数々に感謝の言葉も見つかりません 何卒よろしくお願い致します」
父さんも賛成してくれた。王都へ行けるんだ。
「一つ年齢が若ければ 王都で主席も夢ではなかったぞ ビル」
学園長様は悪戯好きの少年のような顔をして言った。
領主様がその後に続けてこう言った。
「知っていたかビル ビルは王子殿下と歳が同じなのだ」
「王子 殿下・・・」
「ビルお前は運がいい この国にお前と同じ年齢の子が何人いようと 王子殿下と同じクラスで学ぶことが出来るものはたったの十九人だけだ これは学年で一番になることよりも価値のあることだと私は思うぞ」
俺が、平民の俺がこの国の王子殿下と同じクラスで?本来ならば一生そのお姿を見ることもなかっただろう王子殿下と・・・
「王子殿下のお側で学んでくるとよい 必ずやお前のためになるだろう」
もう俺を迷わせるものは何一つなかった。
「ありがとうございます 王都へ行かせて頂きます」
それから一ヵ月が過ぎた頃だったろうか。いつものように父さんと家に帰ると、俺の部屋に大きな箱がいくつも積み上げられていた。
「母さん 俺の部屋の荷物は何?」
それは[入学祝い]だと言って領主様が贈って下さったものだった。驚いた、一体いくつあるんだろう。
一番小さな箱を開けてみた。中には書き心地のよさそうなペンが数本と、沢山のインクが入っていた。
次々と開けていく。靴、靴、これも靴、靴だけでも何足もあった。一つ目の大きな箱には夏の服、二つ目には冬の服、それからコートに手袋、マフラーに帽子。まるで服屋が一軒丸ごと俺の家に来たみたいだ。これはー?
制服だ!これが王都の王立学園の制服。領主様のお城でお仕えしている方のような立派な服だ。俺に似合うのかな・・・期待で胸がドキドキする。
母さんが一通の手紙を渡してきた。
「手紙を預かっていたわ 領主様からだそうよ」
信じられない、領主様が俺に手紙を書いて下さっただなんて。父さんと母さんが見守る中俺は封を切って手紙を取り出した。
[ビル 金で渡すとお前は遠慮して使わないだろうから 必要そうなものを適当に選んだ 全て持っていきなさい 王都の寮は広いからな 置き場所に困る心配はないぞ」
「よかったなビル 何も心配しなくていい お前はやりたいことを精一杯やっておいで」
「ありがとう父さん 母さん 俺頑張ってくるよ」




