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『スイーリ―』
窓を背に立つスイーリの顔には強く濃い影が落ちていると言うのに、笑顔が眩しくてたまらなかった。
光が当たって金色に輝く艶やかな黒髪も、シャンデリアに反射した光の粒が零れ落ちたように、スイーリの周囲を包み込んでいる様子も眩しく、ただただ眩しかった。
心臓が暴れ狂うように激しく脈打っている。生まれて今日まで経験したことのない緊張で手が震えている。
スイーリ―
「レオ さま?」
小首を傾げて言葉の続きを待っている。
澄んだ紫色の瞳を捉えたまま一歩、また一歩足を進める。どうやら足も震えているらしい。交互に前に出せばいいだけだ、何度もやって来たことだろう。なのに歩き方すら忘れてしまったかのように、足が思うように進まない。
ポケットの中を探り小さな箱を握り締めた。落ち着け。
頼むから落ち着いてくれ・・・
スイーリの前で右膝をつく。見上げた彼女は両手で口を押さえ、瞳は既に涙が溢れ出す寸前だった。
『スイーリ=ダールイベック嬢
愛しています
結婚してほしい 私と結婚してもらえますか?』
箱を開けて指輪を差し出した。
「ああ・・・・・」
光を背にしたスイーリの表情がよく見えない。その細い腕は震えていて、指を伝って雫がぽたりと落ちた。
「あい・・・愛して・・います 喜んで・・・」
声を詰まらせた涙声が返ってきた。望んでいた、聞きたかった言葉が。
「愛しています レ・オさ―」
『ああ・・・有難う』
スイーリを強く引き寄せ抱き締めた。少しの隙間も惜しい。泣きじゃくる背中が愛おしくてたまらない。
どれくらいそうしていただろう。やっと落ち着きを取り戻したらしいスイーリが慌てて顔を離そうとした。
「レオ様 涙が」
『構わない 私のために流してくれた涙だ 全部私が貰う』
残りの雫をハンカチでそっと拭うと、スイーリは恥ずかしそうに少しだけ赤くなった目で微笑みを返してくれた。
名残惜しかったが、もう一度だけ抱き締めてから静かに身体を離す。
『まだ心臓が煩い』
この音を聞かれてしまっただろうか。気恥ずかしくて笑って誤魔化そうとしたら、今度はスイーリがふわりと抱きついてきた。
「私の音だと思っていました 本当だわレオ様の心臓の音が聞こえます とっても早いわ」
私の胸に耳を当てているスイーリのことが愛しくて、恥ずかしさもどこかへ消えてしまった。
『うん こんなに緊張したのは生まれて初めてだ』
「緊張を?ふふ どうしてですか?」
心臓に耳を当てたままスイーリが優しく笑っている。
そりゃ緊張するさ・・・。
今までどこか当たり前のように考えていたところがあった。スイーリはずっと私の隣にいてくれるものだと信じ切っていた。私の描く未来図には常にスイーリの姿があった。
学園に騎士を配備すると聞いたときも、当然のようにスイーリのことも護衛しろと言った。必要なら今すぐ婚約者にすると脅しともとれる言い方までして。そこまで直接的な物言いはしなかったと思うが、言った内容は同じだ。
スイーリが承諾してくれるとは限らない。ある日ふとそのことに気がついた。
結婚と恋愛は別だとかなんだとか。
そういう考え方もあるとどこかで聞いた。
誰だよそんなこと言い出したやつ。途端に不安になったじゃないか。
『大切にします』
「はい」
『幸せにする』
「はい」
ぴたりとつけていた顔を少しだけ離して見上げるスイーリの瞳はもう濡れてはいなかったけれど、いつもより赤くてそして潤んでいた。
「レオ様のことは私が幸せにします」
微笑みながらそう言い切ったスイーリ。そうだ、スイーリはただ美しく優しいだけの令嬢ではない。彼女もダールイベックなのだ。
ありがとう、私を幸せにしてくれるのは貴女だけだ。人生全てを託すよ。
言葉の代わりに口づけを交わした。深い口づけを。
婚約者になったんだ、許してくれるだろう?




