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宮の修繕が完了した。名前は鳶尾宮に決まったが、その名称の正式な発表は七月になる予定だ。


ロニーに一任していた宮で働く者の選出も粗方終了したらしく、ヴィルホからは鳶尾宮専属となる騎士のリストを渡されていた。昨年聞いていた通り、小隊長に昇格するゲイルを筆頭に慣れ親しんだもの達の名前が並ぶ。

どちらも最終の確認を済ませて早く返事を返さなくてはならない。


そしてもう一つ、来春出発する視察団の選出もしなければならなかった。

今、机の上には志望書が積み上げられている。この中には同級生のものも数多い。視察団と専科進学で揺れているものも少なくないだろう。その者たちの卒業後の進路を決めるためにもいち早く人員を決定する必要があった。


一枚ずつ読んで振り分けていく。全員を連れて行くことが出来ればよかったが、それにはあまりに応募の数が多すぎた。

右の薄い方の束をロニーに渡す。

『あとは直接会って決める 次の日曜で連絡してくれ』

「かしこまりました」




今日はこれからスイーリが来ることになっている。昨夜は緊張でよく眠れなかった。寝つきがよく寝起きもそれ以上によい自信がある身としては異例中の異例なことだ。

忙しく頭でも働かせていれば落ち着けるのではないかと、今見る必要もない報告に目を通してみたりもしたが、余計に緊張が高まるし、報告の内容もまるで頭に入ってこない。全くの無駄だった。




「レオ様 お待たせしてしまいました」

城の外で私を見つけたスイーリは、慌てたように小走りで近づいてくる。

『走らなくていいよ 私が待ちきれなかっただけだ』

部屋で待っていることが出来ず、まだ早いとわかっていて出てきてしまっていたのだ。


スイーリは裾に紺とアイボリーの細かな刺繍が入ったアイスブルーのドレスを着ていた。今日の日にそのドレスを選んでくれたことに小さな運命を感じた。スイーリ憶えているか?初めて会った日、貴女はアイスブルーのドレスを着ていたね。



『来てくれてありがとう 今日はスイーリに見せたいものがあるんだ』

「なんでしょう?ふふ楽しみです」

『少し歩こう』

スイーリに腕を貸し庭を抜ける。正規の道ではないがこれが一番の近道だ。


「随分と暖かくなりましたね 雪もほとんどなくなりました」

『そうだね ようやく春が来たな』

まだ庭のそこここに雪山は残っているものの、レンガの敷かれた路の上はすっかり乾いていた。草木も芽吹き始めている。今年の冬は長く感じた。それでもこうして必ず春は来るんだな。



視線の先に宮が見えてきた。

「まあ!ここにも宮殿が?

 こちらには始めてきました あっもしかして―」

『うん 王太子宮だ つい先日修繕が終わってね』

「見せて頂けるのですか?」


『見て頂けますか?』

スイーリの顔を覗き込むと、ニッコリ微笑まれた。

「光栄でございます 是非拝見させて下さいませ」


宮の周りをぐるりと半周回って正面の入り口を目指す。

『たくさん歩かせて済まないね 今日は一ヵ所しか扉が開いていないんだ』

「平気です お庭もとても素敵ですね 花が咲く季節が楽しみになります」

『そうだな 様々な花を植えてくれたらしい』

スイーリの言葉に返事は返しているものの私は上の空だった。おかしな返答をしていないとよいのだが。



『どうぞ 入って』

扉を広く開けてスイーリを誘う。

「まあ・・・・・とても明るい 素敵です!とっても素敵ですね」

本宮と違い白く塗り替えられた壁が眩しい。


『今日はね 誰もいないんだ 今この宮にいるのは私達だけだよ』

明日からはまた大勢のものが出入りする。今日一日だけは全てのものに休みを取らせていた。

「この広い宮殿に誰もいないだなんて不思議な気がします ふふ色々な場所を見てみたくなりますね」

『どこから見たい?案内するよ』


階段を上り光の差し込む廊下を歩く。

「中もとても明るいですね 窓のある廊下も素敵ですね とても開放的な感じがします」

公用のエリアは廊下が中庭に面しているため片面全てに窓がある。陽の出ている時間はどの場所にいても自然光が差し込むようになっていて、灯りがなくても充分に明るい。



「ここがレオ様の執務室になるのですね」

『つまらない部屋で驚いただろう』

華やかな装飾を見慣れている貴族の令嬢からすると、驚くほど素っ気ない部屋に映ると思う。ここも私室に負けないほど装飾のない部屋だ。


「すっきりと洗練されていて私は好きです お仕事に集中できそうですね」

『ありがとう スイーリにそう言ってもらえると安心できるよ』


居住エリアも一通り見て回り一階に下りた。

一階にあるサロンや談話室、ギャラリー、食堂などを順に案内する。スイーリの希望で厨房や使用人の住まいとなる部屋も見に行った。侍女以上は居住エリアの二階に部屋を用意されるが、大半の使用人が暮らすのは三階だ。


「まあ!訓練場もあるのですね」

『うん ここだけは作り替えたんだ 元々中規模のホールだったが要らないから訓練場にした』

ふふ、要らないのですねとスイーリは笑う。


『同じような広さのがもう一つあるからね そんなにいくつも何に使っていたのだろうな』

「そうですね 先程見せて頂いたホールもここと同じくらいの広さでした」

『デカいのは別にあるしな』

そう、今から向かうのがメインホールだ。本宮のそれと同規模のホールがここにもある。


いくつかある来客向けの扉ではなく、別の扉を目指した。

『今日はここから入ろう』

来客向けの扉とは反対側にある一際重厚なこの扉は、この宮の主専用の扉だ。


『どうぞ中へ ダールイベック嬢』

椅子の一脚も置かれていない無人の広いホール。この状態を私が見るのは多分これが最初で最後だ。

丁寧に磨かれたシャンデリアには太陽の光が反射して、足元にキラキラとした影を落としている。

壁はミント色をしたダマスクの絹織物が貼られていて、今は全て開け放たれている暗緑色のカーテンは、金色のタッセルで規則正しく整えられていた。


「ここが―ここがレオ様の・・・

 素敵だわ 厳かなのに爽やかで軽やかで  シャンデリアもとても美しい―なんて繊細なのかしら」



「隅々までどれもが素敵です とてもレオ様に相応しいホールですね」

そう言って振り返ったスイーリはシャンデリアよりも遥かに眩しくてキラキラと輝いていた。




『スイーリ―』

長くなったので分割しました。続きは夜に更新します。

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