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アルムグレイン領へ人を送って十日になる。そろそろ職人を連れて戻る頃だ。
数日前には裁縫師から染色師を紹介された。王都近郊のセルベールで修行していたものだと言う。聞いたところによると、このセルベールで染められた絹織物は大変美しく、とても人気が高いそうだ。その為多くの職人がその技術を学ぶために修行に来ているのだと説明された。
「お目にかかることが出来光栄でございます ファーグ=オリアンと申します」
「殿下 彼はまだ若いですが大変意欲的で才能溢れる染色師でございます セルベール工場で染色師長を務める友人からの推薦でございますので腕は確かかと」
『有能な人物の紹介を感謝する オリアン来てくれてありがとう』
「身に余るお言葉 畏れ多いことでございます」
見るからに実直そうな青年だ。澄んだヘーゼルの瞳がとても印象に残る。
『立ち入ったことを聞くが オリアンは所帯は持っているのか?』
「はい 妻がおります」
『夫人と共にダールイベック領南端の町へ移住することは可能か?』
「はい 大変栄誉なお話しを感謝致します 微力ではございますがお役に立てますよう精一杯務めさせて頂きます」
彼に任せよう。彼の若さは今から生まれ変わろうとしている町に相応しい。
『ではオリアン あなたに工場長と専属染色師長をお願いする 詳しい内容は後程書面を交わそう』
そう告げるとオリアンは、バネのように椅子から飛び上がりそのまま転げ落ちた。驚いて椅子から落ちると言うのは比喩表現ではなかったのだな、初めて目のあたりにした。
『大丈夫か?』
慌てたオリアンが椅子に座り直す様子を見ていた裁縫師が、笑いながら代弁した。
「殿下 とても大丈夫ではないようでございます」
確かにオリアンは顔を赤くしたと思ったら青くなったり、とても忙しい。
『工場長と言ったが暫くは染色に専念してもらいたい 王都でも通用する生地を作ることが目下の目標だ 経営面を手助けする人物が必要なら探しておこう』
ようやく息が整ったらしいオリアンがきまり悪そうに顔を上げた。
「大変お見苦しい姿をお見せ致しました 申し訳ございませんでした このような大役を仰せつかり身の引き締まる思いでございます」
『どうだ?引き受けてもらえるか?』
「謹んでお受けいたします
殿下 経営の協力を頼める人物に心当たりがございます」
『そうか 少なくとも数年は頼むことになるが問題はないか?』
「はい・・・妻ですので問題はございません」
将来小さな染色工房を持つのが夢だったオリアンのために、夫人はそれを支えるための知識を学んできたと言うことを照れながら説明してくれた。
『では夫人に工場長を任せようかな』
一斉に驚いた顔をした。今まで完全に気配を消したように立っていたロニーですら目を瞠っている。
『それほど驚くことでもないだろう 工場で働くものは女性ばかりだ 同性の方が気心が知れてよいかもしれない』
染色師長をオリアンに、工場長はオリアン夫人に任せることで決まった。
その後最初に取り組む色の相談をしてこの日は終了した。一日も早く工場へ向かいたいと言うオリアンの希望もあって、数日後には正式な契約を交わした。その日のうちに夫妻は王都を発ったらしい。
「わが国初の女性工場長ですね」
平日だったため同席することは叶わず、契約はロニーに執り行ってもらった。
『相応しい人物が相応しい職に就けばいいだけだ 性別は関係ないさ』
「あの町が新しい時代のステファンマルクの象徴になるでしょう 住民も増えそうですね」
「やるべきことが増える一方だな」
小さな町ひとつでも次々と処理すべき案件が湧いてくる。一国を統べる陛下の苦労が改めて感じられた。
『明日はようやく職人に会えるのだったな』
「はい 到着次第予定を組んで構わないと伺っておりましたので 明日の夕刻で時間をお取り致しました」
『うん 明日は早く戻る』
元々の予定だったビーズ職人との細工の打ち合わせに町の管理が加わり、そして今月には視察の同行者の募集をかける予定も組んでいた。学園の試験も間もなく始まる。口惜しいが全て自分で処理することは難しそうだ。ロニーには済まないがあと暫く無理を聞いてもらうしかない。
『視察同行者の募集も初めてくれるか』
「かしこまりました 期間はどの程度に致しますか」
『だらだら待っている必要もないからな 二~三週間で充分だろう』
「そうですね では今月末日を〆切で募集を出します」
『うん頼む いつも済まないな これが落ち着いたら必ずロニーの休暇を取る』
お気持ちを有難く頂きますとロニーは毎度同じ言葉を返す。しかし私も学習するのだ。次こそは完璧に休ませてみせる。その為の作戦も練った。同行者の選定が終わったら今度こそロニーにまとまった休みを取らせよう。
視察旅行まで一年を切った。計画を打ち明けた時は遠い先の話だと思っていたのに、もう詳細を詰める段階にまで来ている。
ビョルケイのいた漁師町の新たな発見は不正がきっかけではあったが、この国にはまだ数多くの素晴らしい町が埋もれているに違いない。それを共に探し出す仲間だ。私にはない様々な発想の持ち主が集まってくれるといいと思う。




