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数ヵ月ぶりとなる八番街デートで私達は今、新しいカフェを訪れていた。スイーリは友人達からここの噂を何度も聞かされ、相当に待ち焦がれていたようだ。


「八番街へ来るのは久しぶりですね このお店はオープンして間もないそうですよ」

スイーリも公爵から外出は控えるよう言われていたため、八番街へ来るのは私と同じくらい久々なのだと言っていた。


『変わった造りのカフェだね 王都には次々と新しい店が出来るな』

この店は、外観は周囲に建ち並ぶ建物と変わらず石造りだが、中はまるで山小屋のようだった。丸太を積んだような壁に、素朴な木のテーブルと椅子、そして中央には大きな焚火のスペースがある。なんだか野営のような店だ。ある意味王都のカフェらしいな。


スイーリが仕入れてきた情報によると、このカフェの人気は焼きリンゴとパンペルデュなんだそうだ。それを二つと紅茶を注文した。


『数ヵ月来なかっただけでこんな店が出来ていたんだな』

「はい 十一月の終わりにオープンしたそうですよ ソフィア様もベンヤミン様と何度かいらしたみたいです」

『そうなんだ 二人が気に入っているのなら間違いないな』


店の中をのんびりと観察していると、焚火の中から小さな鍋を取り出しているところだった。

『あの焚火は暖を取るためだけじゃなかったのか』

「はい 焼きリンゴは焚火の中で作ると聞きました ふふ あれは私達のかしら」


間もなく二枚の皿が運ばれてきた。

皿の上には黄金色に焼き付けられたパンペルデュ、熱々の焼きリンゴ、アイスクリームが乗せられている。

「お待たせいたしました エミリアのほっぺ・ユハーナのもぎたてジューシー焼きリンゴと 星降る夜に読んで聞かせたあの絵本・一晩寝かせたふんわりサクパリパンペルデュの盛り合わせバニラアイスクリーム添えでございます」

な、長い・・・よく噛まずに言えるな。


呆気に取られてスイーリの方を見ると、俯いて小刻みに震えている。

『スイーリ?』

顔を上げたスイーリは、真っ赤な顔をして笑いを堪えていた。

「ごめんなさい レオ様の驚いた顔が見たくて黙っていました このお店のメニューはどれもとても長いんです」


悪戯が成功したような顔をしているスイーリと笑いながらフォークとナイフを手に取った。

『この皿の名前を憶えるまでにアイスクリームが溶けてなくなりそうだ 溶ける前に食べようか』

「はい いただきます」

シナモンスティックの刺さった焼きリンゴはバターの香りが広がりとても旨かった。ユハーナと言っていたな。ユハーナ領産のリンゴなのだろう。あれ?エミリア・・・?


『スイーリ この店はユハーナ嬢と関係があるのか?』

エミリア=ユハーナ、三年間同じクラスの令嬢の名だ。

「はい エミリア様のお母様が始めたお店なのですよ」

『そうだったのか ・・・どれもこのような名前が?メニュー表をもう一度見なくてはならないな』

家族全員の名前がついたメニューがあるに違いない。客として見る分には楽しいが、自分の名前が付けられると思うとなんとも恐ろしい。ユハーナ嬢は決してこの店には近寄らないに違いない。


なんだった・・・正しい名前は忘れたが、パンペルデュもカリッとしていて旨い。勧められた通りに、添えられたメイプルシロップと塩をかけて食べる。

『塩 旨いな』

最初は不思議に思ったこの組み合わせだが、勧めてくれたことに感謝した。

「はい お塩がとても合いますね 胡椒もかけてみたいわ」

『いいね もらおうか』


すぐにミルに入った胡椒が届けられた。カリカリとスイーリがパンペルデュの上に胡椒を振りかける。

「レオ様もお使いになりますか?先に味を確かめてからの方がいいかしら」

『いや これにもかけてもらえるか?』

挽きたての胡椒の爽やかな香りが漂う。


「美味しい!」『旨いな』

バターの染みた香ばしいパンペルデュに塩と胡椒を振り、溶けたアイスクリームを絡ませて食う。甘さの中にほのかな塩辛さがあってやみつきになりそうだ。ベンヤミン達が通うのも納得だな。



二杯目の紅茶が注がれたところで、スイーリが気になっているだろう話を切り出した。

『ビョルケイ嬢は放免されたよ 早ければ明日から復学するだろう』

「よかった・・・ありがとうございます レオ様がお力添えなさったのですね」

『力になると約束していたからな 私に出来ることは全てやったつもりだ』


スイーリはほっとしたように目尻を下げてカップを手に取った。本当に心の広い令嬢だ。今まで何度も不愉快な思いをしてきただろうに。

「レオ様 ヴェンラ様はこれからもタウンハウスに住むことが出来るのですか?それとも寮にお入りになるのかしら」

ビョルケイ家は財産没収になった。そもそもタウンハウスはビョルケイの所有ではなかったので、直ちに立ち退く必要がある。そして今はもう使用人すら王都には残っていない。


『そのことなのだが 学園を卒業するまでは王宮(うち)で面倒を見ることにした』

「えっ?王宮で?ですか?」

『ああ タウンハウスは早急に引き払わねばならないからな 王宮で働きながら卒業を目指すよう話をつけた』

「そうなのですね 王宮で侍女をなさるのですか?」

『いや 侍女にはなれない 王宮の侍女は子爵家以上の令嬢という決まりがあるらしくてね』

侍女の何十倍、王宮で働く女性の大半が下女という身分だ。


『長期の休暇時以外は仕事を与えないようには言ってある ビョルケイ嬢の今の成績はわからないが 入学時の様子だと進級も不安なのでね』

「きっと今のヴェンラ様なら努力なさると思いますわ」

『そうだな それに兄のペットリィもいる わからないことは彼から教わるといいだろう』


ここから先に私が手を貸せることはない。後はビョルケイ嬢が自分の力で切り開いて行くことを信じるだけだ。



『ではそろそろ帰ろうか 明日は家庭教師が来る日だったね?今年も変更はない?』

「はい 今年も週に二度教えて頂く予定です」

明日の放課後はイクセルと約束をしている。イクセルとゆっくり話せるのも久しぶりのことだ。


『私は明日イクセルと出掛けてくるよ』

「お二人なのですか?珍しいですね」

『うん 近いうち皆でも集まらないとな イクセルが拗ねそうだ』

「ふふ そうですね」

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