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大きく目を瞠り私のことを凝視している。その奥にあるのは怯えのようで、恐怖のようにも見える。


「嘘・・・ですか?」

『ああ 心当たりはないか?』

無表情を装っているつもりではいるが、心の中では苦笑いをかみ殺していた。ビョルケイ嬢には心当たりがありすぎるのだろう。何も私は今までの嘘を洗いざらい吐けと言っているのではない。


気がつけばまた背を丸めて俯いている。

『怯えることはない 取引だと言ったはずだ あなたを脅す意図はないよ』

「はい・・・」

恐る恐る上目遣いに見上げるその姿は、蛇に睨まれた蛙のようだ。



『ビョルケイ嬢 あなたとペットリィは古くからの友人だね?』

目をこれでもかと大きく見開き、放心している。言葉も出ないようだ。


ずっとおかしいと思っていたんだ。あの町の人口は僅か二百人足らず。その町で一度も顔を合わせることなく十年以上過ごすことなど可能なのだろうかと。意図的に避けでもしない限り面識があって当然だろう。

だがあの二人は、王都で初めて出会ったと言った。


あの町の教会を調べるよう指示を出したのは、それを確かめるためだった。どの町でも教会の養護院では読み書きを教えている。あの町の教会に養護院はないが、もしかすると二人は文字を習いに通っていたのではないか。


スコーグの報告書によると、教会には比較的新しい学園の教科書があったそうだ。それを手に取ると、懐かしそうに牧師が話し始めたという。―牧師は筆もまめなら話も大変好きな男らしい。


牧師の日記にも同じことが綴られていた。

今からちょうど十年前、ビョルケイ嬢は五歳の頃から教会へ通っていたそうだ。ビョルケイ嬢が通い始めて数ヵ月後にはペットリィも毎日教会へ通うようになり、文字や計算を牧師から教わっていたと書いてあった。

お互いが血の繋がった兄妹である、と言うことまでは知らなかったのだろう。少なくとも牧師の日記からはそう読み取れた。


『町にいた頃は仲が良かったそうじゃないか 兄だと知っていたのか?』

「違います!」

慌てたように前のめりになって否定する。

「本当に知らなかったんです お兄様のお父様が私のお父様だったなんて・・・」

『そうか』


「嘘を吐いてごめんなさい レオ様のおっしゃった通りです 私は小さい頃からお兄様を知っていました」

覚悟を決めたのか、淀みなく話し始めた。

『何故知らないふりをしていたんだ?』

「あの・・・それは・・・・・」

下を向き、スカートをギュッと握りしめたまま今度は黙り込んでしまう。



「それは・・・私がレオ様のことが大好きで・・・将来レオ様と私は結ばれると・・・」


「私がそう言いました  お兄様はそれなら俺と知り合いだったことは言わない方がいいとおっしゃって・・・」


「ごめんなさい あの頃の私はそれが事実だと信じ切っていました レオ様は必ず私を好きになるって」


「ごめんなさい―」

『わかった もういいよ よく正直に話してくれたな』



もっと何か後ろ暗い理由があるのかと思っていた。

兄妹なのだから隠す必要などないだろうに、私の誤解を恐れて嘘を吐くよう言ったということなのか。ペットリィがそこまで妹想いの男だったとは知らなかった。


もう二人きりの肉親だ。母親にはいずれ再会も可能だとは言え、この王都に家族はペットリィしか残っていない。助け合い暮らしていくことを願うが、それは私が口を出すことではないだろう。



『次に最も重要なことを聞く ラーディロルはどうやって入手した?』

「ラーディロル?・・・ですか?」

自分が飲んだ薬の名前を知らないか。


『ビョルケイ嬢が呼吸困難を起こした薬の名だ』

はっとしたかと思うと、みるみる青ざめていった。

『パルードで開発された薬だ この国では輸入が禁止されている 入手は極めて困難なものだ』



・・・・・


長い沈黙が続く。




「わかりません」

『わからないとは?』


「安全な毒が欲しいって言いました・・・馬鹿でした 毒が安全なわけありませんよね」

『もう少し詳しく話してくれないか 誰に言ったのだ?父上か?』

「いいえ 誰にでもありません・・・邸で・・・独り言でした」

独り言。それを聞くことができたのはあの邸にいた人間だけだが・・・



「置いてあったんです

 学園から帰ると私の部屋にあったんです

 知らない包みが置いてあって 中には新しいノートとインク そして薬が二本入っていました」


成程な。

『続きを』

「手紙も入っていました 白い蓋の瓶の中身が私の望むものだと書いてありました それ以外のものは・・・」



『それ以外のものは?』

「お兄様の・・・お兄様のお部屋に隠すようにと・・・」


『それは父上の字だったか?手紙はまだ残しているか?』

「いいえ残っていません・・・燃やすように書かれていたので その・・・燃やしました」

『文字はどうだ?父上の字だったか?』

「わかりません 私お父様の文字を見たことがありません」



以前のことはわからないが、叙爵後のウルッポが文字を書けたことは確認してある。ウルッポの書いた文字も直接目にした。マニプニエラは字が書けない。後は使用人か。執事は間違いなく読み書きが出来るだろう。残りの二人も念の為確認した方がよいだろうか。だがあの無知で無関心な使用人達だ。仕えている邸の令嬢が望んでいるからと、自ら危険を冒してまで薬物を手に入れるとは考えにくい。


しかも本邸の私室からどちらの薬物も見つかったのだ。王都の使用人は本邸へは随行していない。普通に考えればウルッポが用意したと思って間違いないだろう。



『わかった 質問は以上だ 今話したことは全て真実だと誓えるね?』

「はい 誓えます」

聞きたいことは全て聞けた。陛下がどのような判断を下すのかはわからない。


『ここから出してやれることが決まれば明日の朝もう一度ここへ来る 私が来なかった時は』

「わかりました 覚悟はしております」



これでビョルケイ嬢に会うことも最後になるかもしれない。そう思って一言だけ付け加えた。

『ビョルケイ嬢 人を信じることを悪く言うつもりはない だが誰が置いたのかもわからぬものを安易に飲むな もし反対の瓶を口にしていたら命がなかったのかもしれないんだぞ』


まあそれを飲んだのが私なんだけれどな。

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