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「ウォーアリッグことウルッポ=ビョルケイ ダールイベック領出身 五十五歳 間違いないか」
陛下の一段下に並んだ官僚の一人が読み上げる。
「間違いございません」
両手を縛られ、腰に縄を付けられた男爵がガサガサとしたかすれた声で答えた。
ビョルケイ一家の裁判が始まった。
陛下の隣に座ることも可能だったが、私はそれを辞退した。今の私は帯剣し、直立不動でこの裁判を見守っている。
事の次第はこうだ。
男爵が王都に戻ったその日の夜、陛下に呼ばれた私は陛下の私室にいた。
「明日の裁判はどうするのだ?」
問われた意味がわからず、じっと陛下の目を見た。
「お前にも参加する権利はあると思うが」
今まで私は一度も裁判に参加したことがない。裁判だけではない。成年前の私には公務も発生していない。
『私は結構です ですが出来ましたらお願いがございます』
「言ってみなさい」
『警備としてその場に立つことをお許し下さい』
そう願い出ると陛下は呆気にとられたような、きょとんとした顔をしたかと思うと、声を上げて笑い出した。まさか笑われるとは思っていなかった。
『無理でしょうか』
「いや 勿論構わないが本当にそれでよいのか?警備では発言を許すわけにはいかないぞ」
『承知しております』
「わかった 話を通しておく」
『ありがとうございます』
その後は「たまには付き合え」という父上と二人きりで酒を飲んだ。今頃城下は大騒ぎなのだろう。だが、王宮の中は普段と変わらず静かに夜が更けていった。
翌日、本来なら新学期初日になるはずだった。
だが学園生が二人も捕らえられたのだ。学園はまたしても大騒ぎとなり、急遽休校になった。
早朝顔を合わせたアレクシーの表情も暗い。
『アレクシー 無理なら今日は休め』
「いや 身体を動かしたいんだ 鍛錬させてくれ」
『わかった』
全てにおいて精彩を欠いたアレクシーを容赦なく追い込む。何度目かのアレクシーの剣を弾き飛ばした時、私はアレクシーの肩を掴んだ。
『アレクシーこれが実戦だったらお前は既に何度も死んでいる 自分からやると言ったんだ 切り替えろ それが出来ないなら今日は終わりだ 今のアレクシーでは鍛錬にならない』
言い終わると返事を待たずに、アレクシーの剣を拾いに行った。
背中越しにアレクシーの声が聞こえた。
「レオごめん 俺はつくづく未熟だな これくらい乗り越えられなきゃこの先やっていけるわけないよな・・・」
振り返りアレクシーの顔を見た。
「ありがとうレオ まだ時間あるよな頼むよ」
黙って剣を渡す。
『手加減はしないぞ 手加減できる相手じゃないからな』
「ああ 俺も全力で行くよ」
隙なく構えてみせるアレクシー。そして鋭く斬り込んできた。
鍛錬後、まだ暗い窓の外を眺めながら話をした。
「裁判 今日なんだろう?」
『ああ』
「もうどうにもならないのかな・・・」
アレクシーがペットリィを救いたい気持ちはわかる。罪を犯したのは男爵だ。一族や使用人まで罪を問われることに耐えられないのだろう。
『済まないが私にはそこまでの権限がない』
「ごめん レオに頼りたかったわけじゃないんだ ただの独り言だと思ってくれないか?」
『わかった』
権限がないことは事実だ。陛下がどのような決断をなさるのかも私は知らない。
「裁判 レオも立ち会うのか?」
『ああ そのつもりだ 発言権はないが見届けたいと思う』
第二騎士団の制服を着て、亜麻色の鬘を被り腰に剣を佩いた。
「まさかレオ様がこのようなご決断をするとは思いませんでした」
白い手袋を渡しながらロニーが言った。それを受け取り手にはめる。
『気になるからな 後から結果を聞くより自分の目で見たかったんだよ』
「いえ 私はてっきり裁判に参加されるものと思っておりました」
『それは・・・』
私は何を避けたのだろうな。自分でもよくわからなかった。
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官僚が罪状を読み上げる。最初は工場の不正に関することだった。
「二十三年の長期に渡り上陸許可を持たない外国人を我が国に上陸させたこと その外国人から蚕の繭を買い付けたこと その繭を分配品の生糸と偽って織物を生産したこと 全て事実と認めるか」
「事実でございます」
項垂れた男爵が、耳を澄ましていなくては聞こえないほど小さな声で罪を認める。
「続いて王子殿下暗殺未遂の件に移る」
その声が響き渡った瞬間、男爵は弾かれたように顔を上げた。満面に驚きの表情が浮かんでいる。
「去る十月二十二日 王立学園本校本科食堂にて 当時給仕として勤務していたパラ=カトゥムスを強請し 王子殿下のお飲み物に毒を盛らせた 事実と認めるか」
男爵は前のめりになり大声で叫んだ。
「知らない! 俺ではない! 俺の娘も被害者だった! 知ってるだろう俺の娘も狙われたんだ!」
興奮する男爵を、腰の縄を持ち後方に待機していた二人の騎士が取り押さえる。
男爵とは対照的に、冷酷なまでに落ち着いた官僚が続きの文章を読み上げた。
「ビョルケイ家タウンハウスからは暗殺未遂に使用されたものと同じ毒物が そしてダールイベック領本邸からは同毒物並びにヴェンラ=ビョルケイが使用したものと同じ薬物が発見された」
目を白黒させた男爵が更に食い下がる。
「どういうことだ?俺の家を漁ったのか?そんなものあるわけないだろう どこにあったって言うんだ言ってみろ!」
「ウルッポ=ビョルケイを退廷させよ」
陛下のこの一言で、男爵は引きずられるように退廷させられた。扉が閉まるまで暴言を吐き続けながら。
工場の不正はあっさりと認めたのに対して、毒物の方は真っ向から否定したな。王族殺害は大罪だ。未遂とは言え重罪には違いない。簡単に認めるわけにはいかないというわけか。
・・・犯人の標的は私ではなかった。男爵が激しく否定したのは私だからなのか?スイーリへの犯行を問うたら認めたのだろうか。標的が変わったところで量刑が劇的に変わるわけでもないというのに。
それにあの表情、本当に何も知らなかったかのようだった。あれが全て演技だとしたら恐ろしい。
先程から進行を務めている官僚が陛下と話をしている。休憩を挟むか指示を仰いでいるのだろう。陛下からは、全員の罪状認否が終わるまで一息に終わらせると聞いている。男爵の後はさほど時間のかかるものはいないはず、予定通りこのまま進むだろう。
「続いてマニプニエラ=ビョルケイの審議に移る」
重い扉が開き、先程まで男爵のいた場所にマニプニエラが連れてこられた。背中を丸め、その顔は青白く今にも倒れそうだ。
「マニプニエラ=ビョルケイ ダールイベック領出身 三十三歳 間違いないか」
「は はい 間違いございません」
声を震わせ、手も足もガタガタとさせながら消え入りそうな声で答える。
彼女が第二夫人。リーラの報告で見た通りの人物だ。蟻の一匹も潰せないほどか弱く見える。見かけに頼り過ぎてはいけない、それはわかっているが、私にはマニプニエラが犯罪を犯しているとは思えなかった。
マニプニエラの審議は数分で終了した。入って来た時と同じように背中を丸めとぼとぼと扉へ向かっている。そのまま消えてなくなりそうだ。
次はペットリィだ。その名前を浮かべただけであの嫌悪感が両腕を逆撫でするように這い上がってくる感じがした。今の私は警備の騎士の一人だ。陛下の後方に、官僚達の前方に、そして扉まで続く左右にずらりと並んでいる第二騎士団の騎士の一人としてここにいる。絶対に動くことは出来ない。扉が開く前に小さく深呼吸をした。




