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「生糸の密輸は行われておりません 男爵が密輸していたのは繭です」
『繭・・・?』
それが生糸を作る原料のことだと結びつくまでしばらく時間が必要だった。
『繭か!自分で生糸を作っていたのか!
どうしてわかった?工場に運び込むところを見たのか? あ!船はどうだ?パルードからの船が着くところは見たか?』
矢継ぎ早にいくつも問いかけてしまう。どうやら私も平常ではないらしい。ハーヴが冷静で助かった。
「生糸は工場ではなく民家で作られております 複数の民家で作業が行われているところを確認して参りました」
私がその意味を飲み込めないでいると、ロニーが代わりに尋ねた。
「ハーヴ 詳しい説明をお願いできますか?それは民家を改造した工場がある ということですか?」
「いいえ 実際に暮らしている民家の調理場で鍋に湯を沸かして作業を行っております 工場で働く一部の女性の母親がこの作業を担当しているようでございます 確認できたのは四軒でございますが いずれも工員の住まいでした」
『町全体がビョルケイの工場のようなもの ということか・・・』
しかし鍋で・・・料理で使ったその鍋で繭を煮て生糸を・・・生糸はそれほど簡単に作れるものだったのか。
「船でございますが 帆船が一月の六日深夜に到着しました 十九名がビョルケイ邸に入るところを確認致しました」
『その船は町から離れた場所に停泊していたのか?』
「いいえ ビョルケイ邸にほど近いところに停泊しておりました」
隠すつもりは全くない、と言うことか。ここまで堂々とされると逆に褒めてやりたくもなるな。
『それがパルード人と見て間違いなさそうだな』
「ハーヴ 船の中は確認できましたか?」
「申し訳ございません 細部までは確認できませんでした 内部には積み荷が数多く残っておりましたが その中身はわかりません」
『繭を取引しているところは確認できたのか?』
「はい木樽に入れた繭を先程申し上げた民家へ運んでおりました 民家からも同じ木樽が持ち出されておりました」
他の積み荷のことはこの際問題にしなくていい。今は繭が密輸されたことが確実に証明できたことが重要だ。
『ハーヴ そしてスコーグ グレーンありがとう これで全て解決できる』
「勿体ないお言葉でございます」
「他に報告はありますか?」
「はい 教会と町に関する調査はこちらにまとめて御座います」
スコーグから書類を受け取った。
『相当馬を飛ばしてきたのだろう 三人はもう戻って休んでくれ ロニー数日は彼らに休暇を与えてほしい』
「かしこまりました
ご苦労様でした 邸に戻り身体を休めて下さい 休暇を頂きましたから次に備えしっかり静養して下さい」
「有難き幸せにございます」
あとはこれを陛下にご報告すれば私の役目は終わりだ。
『そうだ 男爵とペットリィがいつ王都に着くかはわかるか?男爵はまだ本邸にいるのだろうか』
「令息は十二日の朝に 男爵は十三日の朝に町を出ました 令息は明日の午後から夜の間に 男爵は明後日の午後から夜の間には着くはずでございます」
『ありがとう 引き留めて悪かった』
わざわざ一日ずらして戻るとはな・・・ペットリィの心情もわからないでもないが。
それとハーヴ達は、やはりかなり急いで戻ってきたのだな。おかげで休暇のうちに全て片付けることが出来る。有難い。
『ロニー 至急陛下にお時間を頂いてきてほしい 緊急と伝えてくれ その後ヨアヒムと話がしたい 私の部屋に呼んでほしい』
「かしこまりました 頂いて参ります」
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陛下に事の次第を報告し、自室に戻った。程なくしてヨアヒムが部屋を訪れた。
『急に呼び立てて済まないな ヨアヒムに聞きたいことが出来たんだ』
椅子に座ったところで早速話を切り出す。
『ケイトウの花束について教えてもらいたい』
その名を出した途端ヨアヒムの顔色が変わった。
『ビョルケイの本邸から見つかった 男爵が所持していた三つの薬物のうちの一つだ』
「まだ使われていないと言うことでしょうか」
『報告は発見のみだ 使用されたかどうかまではわからない それほど危険なものなのか?』
「ケイトウの花束 正式名称はベレンドアステンと言い パルードが生んだ最も凶悪な毒薬でございます スプーンひと匙で二十人の命を奪うと言われております」
『そうか・・・』
それを聞いて一番最初に浮かんだ感情は安堵だった。男爵が最初からそれを使っていたら私は間違いなく死んでいた。
「レオ様?少しお休みされては如何ですか」
ロニーが心配そうに顔を窺っている。
『ああ安心しただけだから大丈夫だ 男爵があの日カトゥムスに渡した毒がケイトウの花束だったら 今私はここにはいなかっただろうからな』
笑ったつもりだが、きっと上手くは笑えていない。顔がこわばっているのがわかる。ロニーの顔もみるみる青ざめていった。
『近いうちにビョルケイの本邸にも騎士団が送られる 見つかったのは本邸の一本だけだ 王都の邸からは出ていない その一本に開封した形跡がなければひとまず安心していいのではないだろうか』
「はい その毒が別のものの手に渡っていては大変です 一刻も早く確認をした方がよいと考えます」
『わかった 陛下にもお伝えする ありがとうヨアヒム』
ヨアヒムと共に部屋を出て、私達は日記の作業部屋へ戻ることにした。
『ロニー 休暇が明けてからで構わないから本邸を探った三人に聞いてみてくれないか 憶えていなくて当然だ 気軽く聞いてみてほしい』
「承知致しました」
そうだ、何日も聞こうと思いつつ忘れていたことも今聞いておこう。
『それとロニー 彼らの言葉は何故あんなに固いんだ?』
ぽかんとしたかと思うと、今度はクツクツと笑い出してしまった。
『笑いごとじゃないんだよ 肩が凝って仕方がない』
「直させましょうか?レオ様のご指示があれば変えるとは思いますが」
言いながらも耳がひくついている。何がそんなに面白いんだよ。
『無理にとは言わない ロニーに任せるよ』




