[210]
明くる日も日記を読む。今目を通している日記は二十三年前、そうビョルケイの工場が創業した年だ。
日記によると牧師は大変な感謝をしていたらしい。町の女性達の働き口が出来たからだ。
そしてやはりパルード人は定期的にこの町へ来続けていた。
ロニーの調べで、パルード人の船を購入したものもわかった。
購入したのは予想通りの人物、ウォーアリッグ=ビョルケイだった。船に工場に邸。これだけの大金が動いたのならば何か記録が残っていそうなものだが、何を当たればよいのかまるでわからない。一体どうやってそれだけの金を用意できたんだ。
『男爵の資金源を掴みたいが まるで見当がつかないな』
コツコツ貯めて用意できる額ではない。何か取引したのか?何かとはなんだ?
ダールイベック領内のどこかでその取引を・・・時期は男爵が町を出るようになってからパルード人が漂着するまでの間。それほどに長い期間ではない。
「まともに働いたのでは一生かかっても手に出来ない額です きっとどこかに記録が残っているはずです」
『調べるか 大金が動いた取引を片っ端から』
言い出したものの、それがどれほどの量なのか予想すら出来ないでいた。
「ダールイベック領が広大とは言え 大金を用意できる町は限られます 南部ならば代官の置かれている町ひとつでしょう 後は港町 ダールイベック城下 北部は農業地帯ですから男爵が向かった可能性は低いかと」
『その三ヵ所を調べよう 期間は男爵が町の外に出るようになった三十年前から五年間くらいか』
「そうですね 船を購入したのが二十六年前ですからその期間をお調べ致します」
『ロニー一人では大変だ 手分けして調べた方がいい』
「ありがとうございます 今すぐ資料を集めて参ります」
ロニーが資料を抱えて戻ってからは、私とロニーが取引の記録を、フロード達四名が日記の確認と分担して進めることにした。私が調べるのは港町だ。
明日はもう十七日だ。早ければ明日男爵が王都へ帰って来る。
男爵が捕らえられる前に全て明らかにしたかったが、間に合いそうもないな。
この日は不審な取引の記録は見つからなかった。日記は二十年前まで読み進めることが出来た。工場創業の翌年に母親が病気で亡くなり、それから二年の後に息子が誕生した。これがペットリィだ。
----------
十八日の午後だった。ビョルケイ邸へ向かったはずのリーラが戻ってきた。
まずはその姿に驚いた。淡いブロンドの髪を結い上げ、口元には印象深いほくろ、上品なこげ茶色のドレスに身を包んでいる。これがアルヴァリッグ夫人か。
普段私が見ているリーラは亜麻色の髪をしている。髪の色を変え、化粧を施しつけぼくろをつける。知らずにすれ違ったらリーラだと気がつかなかったかもしれない。
「急ぎご報告があり参じました 調査に出ていたもの達が戻りました」
即座にロニーが立ち上がった。
「すぐこちらへ来るよう伝えてもらえますか?」
「かしこまりました お伝えして参ります」
驚いたな、男爵達より先に戻るとは思わなかった。男爵とペットリィが滞在している最中に本邸を探ったのだろうか。つごもりと言っていたのは五日前だ。
半時間も経たずに三人が到着した。
数日前と同じ光景だ。扉の前で三人が敬礼する。
「レオ様 ご紹介させていただきます 左からハーヴ スコーグ グレーンでございます」
『ハーヴ スコーグ グレーン
長期間の調査感謝する 戻ったばかりで済まないな』
三人が片膝をついた。この後の流れはもう知っている。
~~~
リーラを除く六名と、ロニーと共に長椅子へ移動した。
「ビョルケイ本邸と工場 どちらを先にご報告致しましょう」
問いかけてきたのはハーヴだ。ここ数日彼らと接して気づいていたことがある。彼らは一切自分の意見を言わない。
『ハーヴがより重要だと思う方から聞かせてほしい』
私のこの返事にはハーヴだけではなく、全てのものが瞠目した。ロニーすらもだ。
困ったようにハーヴはロニーに視線を向ける。
「ハーヴ レオ様のお気持ちを受け取って下さい 貴方達は素晴らしい主を持つことが出来ましたね」
僅かな間迷うそぶりを見せたハーヴだったが、次に顔を上げた時にはその迷いも消えていた。
「承知致しました 本邸からご報告させて頂きます」
「男爵の私室内からラーディロル 永遠の日曜日 ケイトウの花束が見つかりました」
「レオ様!」
ロニーが叫ぶ。ロニーがここまで感情を露わにしたのは初めてだ。
『見つかった・・・』
全員の顔に安堵の色が広がった。
『よく見つけてくれた ありがとう』
「勿体ないお言葉 有難き幸せにございます」
・・・ケイトウの花束?
話の流れから毒物のことを言っているような気がするが、これも初めて聞く言葉だ。
『ハーヴ ケイトウの花束と言うのも毒物の隠語か?』
「左様でございます 極めて毒性の強いものと聞いております」
『そうか』
三つ目の毒物まで用意していたとは。ウォーアリッグ=ビョルケイ、とんでもない男だ。
『部屋のどこにあったのか聞かせてくれないか』
「かしこまりました 三本とも辞書の中をくり抜いて隠してありました」
『辞書か よく調べたな 本を一冊ずつ調べたのか?』
「はい ですが殆どは偽物でした 本物の本はこの辞書一冊のみでした」
『偽物?偽物の本なんてものがあるのか」
「はい 外側だけで中身はございませんでした」
中身のない本?それは本ではないじゃないか。そんなものを何故。
「レオ様 恐らく男爵は字が読めなかったのでしょう」
『あ・・・』
ロニーに言われて初めて気がついた。そうか、男爵も・・・。何故だか少し気持ちが沈む。
「他に男爵の部屋に不審なものはありましたか?」
「はい 不審と申し上げてよいかわかりかねますが 翡翠の原石がいくつかございました」
翡翠?珍しいものを集めていたのだな。
『宝石が好きなのか 他にはどんな石があった?』
「翡翠だけでございます 棚にまとめて置いてありました」
「まとめてと言うのは金庫か何かに保管していると言うことでしょうか?」
「いいえ 棚に無造作に置いてありました かなり埃も溜まっていて長い間触れられていないようでした」
「男爵の部屋は掃除がされていないということでしょうか?」
ロニーとハーヴのやり取りが続く。
「いいえ 床や窓は丁寧に磨かれていました 棚には触れていないようです」
「そうでしたか」
「レオ様 工場の報告に移らせてもよろしいでしょうか?」
『ああ 頼む』
「ハーヴお願いします」
「かしこまりました
最初に申し上げます 生糸の密輸は行われておりません」




