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鍵を開けたロニーが扉を開く。既に部屋の中はカーテンも開けられ心地よく暖められていた。暖炉はパチパチと音を立て、部屋の中いっぱいに古びた紙の匂いが漂う。今日は一日をここで過ごす予定だ。
ロニーが茶の用意をしていると、静かに扉を叩く音が聞こえた。よくこの部屋だとわかったな。
入ってきたのは女性が二名と男性が二名。
「レオ様 ご紹介させていただきます 左からギュール リーラ フロード ダールでございます」
四名はその場で敬礼した。
『・・・ロニー それは暗号か何かなのか? いや本名を名乗れと言うつもりもないが・・・』
紹介された四名の名前に困惑した。ギュール、リーラ、フロードにダール。
戸惑う私に笑顔を向けるだけの四名の密偵達。
「四名とも実名でございます この仕事に就く際に自分で新たな名を付ける決まりでございます」
成程。
・・・いや全くわかってはいないが、ここは聞いた言葉を鵜呑みしておこう。決まりと言うならそれが決まりなのだ。
『きっと今までも数多く世話になっていたのだろう
私がレオだ これからもよろしく頼む ギュール リーラ フロード ダール』
握手をしようと数歩近寄ったところで四名が一斉に片膝をついた。
「フロードでございます 生涯の忠誠をお誓い致します我が主」
最初に口を開いたのは、一番の年長と思われるフロードだった。
「リーラでございます 生涯の忠誠をお誓い致します我が主」
ダールとギュールもその後に続いた。
「レオ様 この他現在任務についている三名を合わせて七名が レオ様の手足となるものでございます」
『そうか』
今ダールイベック領に行っているものが三名。彼らともそのうち会わせてもらえるということだろう。
『ところでリーラ あなたがアルヴァリッグ伯爵夫人だろうか?』
リーラは優雅に辞儀をし、ふわりと微笑んだ。
「左様でございます」
「よくお分かりになりましたね」
左程驚いた様子もないロニー。
ギュールは経験豊富な家庭教師と言うにはまだ若い。私とそれほど年が離れていないように見える。
リーラは伯爵夫人と紹介されて、まず疑うものはいないだろう。全ての所作に置いて優雅さが漂っていた。
『リーラにはゆっくり聞きたい話もあるが まずはこの日記から片付けたい 早速だがお願いしたい』
「かしこまりました」
ロニーが手短に説明を済ませ、早速六人で取り掛かった。ロニーと二人で読んでいた時と比べて三倍だ。かなり時間が短縮されそうだ。
昼食の休憩を挟み、午後も黙々と読み続ける。まだ誰も何も見つけてはいなかった。
リーラが静かに立ち上がる。私の近くまで来ると片膝をついた。
「殿下 ビョルケイ邸へ行って参ります」
『リーラ それと皆にも言っておく 毎回膝をつく必要はない 椅子に座ったままでも全く構わないのだよ』
「かしこまりました仰せのままに」
最後にもう一度深く礼をして、音もなく部屋を後にした。
『男爵は今 本邸にいるのだったな』
「はい 王都を発ったのが三日でしたのでまだ本邸にいるでしょう」
「殿下 明後日タウンハウスを探ります」
ダールの後にフロードが続けた。
「明後日はつごもりですから」
少し恥ずかしそうにそう付け加えたのはギュール。
『つごもり?朔と言うことか』
「左様でございます 瑠璃唐草の加護があらんことを」
・・・このもの達の間では普通に交わされる言葉なのかもしれないが、さっぱりわからない。かろうじて記憶の片隅にあったつごもりと言う言葉も、実際に会話の中で聞いたのは初めてだ。ルリカラクサ?それはなんだ?ルリカラクサの加護と言ったな・・・神の名前か?
「申し訳ございませんレオ様 これは古くからこのもの達の間で 迷信のように信じられている言葉です つごもり つまり新月の闇夜には姿を晒す危険が少なく 任務が上手く運ぶだろうということでございます 瑠璃唐草とはネモフィラのことです 成功を意味する言葉だと聞いております」
『成程・・・勉強になった』
今のロニーの説明でわかったことが一つあった。
『ロニー 答えられなかったら答えなくてもいい トローゲンは代々王家の密偵の頭目を担っているのか?』
「はい 正確には男子のみがその役目を頂いております 陛下には父のトゥリッグが そしてレオ様には私が それぞれ自分で選んだものをお仕えさせて頂きます」
本来ならば、私が成人を迎えた時に七名を正式に引き合わせることになっていたそうだ。
「一度に全て説明せず申し訳ございませんでした 七名全員がレオ様に忠誠を誓うもの達です それぞれ得意とする分野がございます 必ずレオ様のお役に立てるもの達だとお約束いたします」
ロニーは出来ることなら、私が十八になるまで彼らのことを伏せておきたかったのかもしれない。そういう決まりなのかもしれないしな。これ以上私から聞くのは止めておこう。必要だと判断すればロニーが伝えるはずだ。
『最初の頼みが 他人の日記を読み漁ることとは なんだか済まないな』
「何をおっしゃいますか殿下 初めて殿下より頂いたこの任務 私は生涯忘れません」
「同じく今日のことは生涯記憶致します」
いいよ忘れて。
もっと大切なことを記憶するために残しておいてくれよ。




